第3話 ずるい感情.2

 いくらオーシュへの気持ちをそのまま持っていてもいいとは言え、マリウスの事を男性として好きではないまま共にある事は、幾ら本人が良かろうともセレジェイラの気持ちは申し訳なさでいっぱいになる。

 一人の男性として好きになれたのならまだしも、他の男の事を想いながら彼の側にはいられない。

 セレジェイラはゆるゆると首を横に振り、小さく頭を下げた。


「……申し訳ありません、マリウス様。それではあなたに対して失礼でしかありません。それに、私の気持ちがあなたに向いていないのにあなたの正妻になったとして、それが国の人々に知れたとしたら色々と問題になってくるはずです」


 やはり、マリウスの言葉へ突きつけたのはノーだった。

 マリウスは口元に小さく笑みを浮かべ、落胆したように短い息を吐いてそっとセレジェイラから手を離した。


「君はやはり思慮深い女性だな」

「いいえ。私は思慮深くなどありません。ただ、我侭なだけです……」


 申し訳なさそうにマリウスを見ると、彼はふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「分かった。これ以上はもう言わないよ」

「……ありがとうございます」

「さて、もうすぐ最後の血清接種の時間だね。これを乗り越えれば、君はひとまず苦痛からは解放される。頑張れ」


 ぽんと肩に手を置いて励ますマリウスに、セレジェイラはこくりと頷き返した。

 マリウスはゆっくりと椅子から立ち上がると、ドアがノックされ看護師と医師が現れた。


「これは、マリウス様」


 恭しく頭を下げた二人に、マリウスが手でそれを制すると「宜しく」と短く声を掛けて部屋をあとにした。

 マリウスを見送った医師たちはセレジェイラの側に歩み寄ると、血清の入った小瓶を受け取り、注射器にそれを吸い取って彼女を見る。


「それではセレジェイラ様、最後の接種を致しますよ」

「はい。お願いします」


 横になったセレジェイラはそっと瞼を伏せると、これまで何度も味わった苦痛とオーシュに会える喜びを心の中で噛み締めた。


 注射器によって体内に取り入れられた血清。医師が注射器を抜き、それを袋に収めると「では」と小さく頭を下げて部屋をあとにする。

 彼らが去ってほどなく、何事もないかのように静かに瞼を伏せていたセレジェイラはピクリと眉を動かす。そしてふつふつと額に汗が滲み出てくるとギュッとシーツを握り締めた。


「はぁ……っ。く、うぅぅ……っ!」

 

 荒い息を吐いて息を乱しながら、襲い来る苦しみは一日中続く。

 体の中に巡る吸血の民の血が血清で浄化され、純粋な天界人としての血に順応する為に体が起こす副反応は酷い痛みと苦しみを伴う。

 体中から吹き出す汗と、震えが起きるほどの身の内から焼かれるような激痛。全身を針で無数に刺されているかのような痛みも伴い、固くシーツを握り締め、ベッドの上で何度も体をのたうち回らせた。


 口から食べ物を摂ることが出来ない為、血清と共に点滴に繋がれて長い苦しみにセレジェイラはただひたすら耐え忍んだ。

 何度受けても一向に慣れない苦痛に、セレジェイラは唇をかみしめた。

 この痛みと苦しみも、あと少し。これで終わりと繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせる。そしてぼんやりとしてくる脳裏に浮かぶのは、オーシュの顔だった。


「……オー、シュ……っ!」


 ひっかくようにシーツを掴み、愛しい人の名を口にする。

 早くあなたに逢いたい。

 そう願いを込めて……。

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