第3話 偶然にも程がある
ミシェルさんを家まで送る為、玄関で靴を履く。俺は、大雑把に履くがミシェルさんは、靴を履く仕草も丁寧で、床にコンコンっと靴をぶつける。
その姿は、まさにラブコメヒロイン。ラノベとかなら正規ルートで主人公とミシェルさんのラブコメ展開が開催されるが、相手はこの俺。ラブコメ正規ルートには、辿り着ける気すらしない。
「では行きましょうか」
そう言いミシェルさんが玄関の扉を開けてマンションの廊下に出て立ち止まった。
「どうしたの? ミシェルさん、そんな所で止まって忘れ物でもした?」
止まった理由が分からないため、忘れ物かと思い聞くが返事は無い。
何があったのか分からず、とりあえず何か言うのを待っていると、30秒ほどしてミシェルさんが呟いた。
「え、あ、すいません……驚いてしまって」
驚いた事があったのかあたふたしているミシェルさん。その様子を伺うと相当驚く事があったのが分かる。
「マンションの廊下で驚く事ある?」
そこら辺にあるただのマンションだ。流石に廊下部分で驚く事なんて滅多にない。あるとしたら、隣に知ってる知り合いがいた事か芸能人が住んでるくらいだ。
ミシェルさんの隣に立って廊下を見渡すが、何も無い。驚く要素すらない。毎日見ている光景と何処も変わらない。
「こ、ここ私の家です」
「え? ここは、僕の家だよ?」
突然、意味不明な事を言い始めるミシェルさんに、反射的にツッコンでしまった。流石にやらかしたのを自覚しつつ、本格的に心配になってくる。
まさか、俺の家を乗っ取るつもりなのか……。アニメとかである、家族が借金をしていて家を追い出されて他の人が借りたパターンなのか。その場合だったら連絡が来るはずだし、両親がそんな事するはずが無い。
いや、嘘だよな!? ミシェルさん自信が単独で俺を自宅から追放するつもりなのか。
一気に不安が込み上げて来る。仮に追い出されたとしても、当面の食事は、財布があるから大丈夫だが、せめて服だけは、持たせてくれ。
「ミシェルさん!? 追い出すならせめて、服は! 夜は、流石に冷えるから服は!!」
優しいミシェルさんの情に訴えかけるよう俺は、服を要求する。するとミシェルさんは、何してるのこの人? と視線で語るようにこっちを見てくる。
やめて、ミシェルさんそんな目で見ないで……。まるで俺がおかしいみたいじゃないか。追い出されるかもしれないんだ。
「何言ってるんですか? 追い出すなんてする訳ないじゃないですか。そもそもそんな事私に出来ません」
「え、でも、私の家って俺の家を強奪するって事じゃ?」
家を追い出されない事に安堵しつつ聞くと、ミシェルさんは、口元を手で隠してクスクスと笑い始める。
「そんな事しませんよ(笑)私の家ってここの隣が私の家って事ですよ」
指で左隣の部屋を指しながらミシェルさんは、平然とつぶやく。それにしても隣の部屋か……は? え? 隣の部屋? どういうことだ? いきなりの報告に脳の処理が追い付かない。先程、ミシェルさんが驚いていた理由と多分同じだ。
「マジか……い、いつからここに住んでるの?」
「いつからですか……えっと、大体今年の4月位ですかね」
「同じくらいに俺も引っ越してきたのに全然会わなかったね」
俺もミシェルさんと同じ4月にここのマンションに引っ越して来た。そう考えると既にお隣同士になってから約2ヶ月程経過している。定番ラブコメ主人公なら速攻お約束展開ですぐ気づくが、俺の場合は登下校や会う可能性の高いゴミ出しの日ですら気付かなかった。
「ですね、やっぱり違うんですかね?」
「違う?」
貸した上着を丁寧にたたみながら言うミシェルさんに俺は、思わず聞き返してしまう。
「はい、先程私は、家まで30分程かかるっていったじゃないですか? でも裕翔くんが家まで帰ってくるのは15分程。時間が違うから会わないんじゃないですかね? 朝も」
「だから全く会わないのか」
「はい。あ、裕翔くん上着返しますね。せっかく準備してもらったのにすいません」
「全然気にしないで、貸したのは俺からだし」
ぺこっとお手本のようなお礼をするミシェルさんの手から上着を受け取って腕に掛ける。とても丁寧なたたまれ方でついつい視線で見てしまう。
「たたみ方変でしたか?」
丁寧なたたみ方に見惚れていると、ミシェルさんが不安の籠った声と眼差しでこちらを見る。
「え、あ、違う。丁寧なたたみ方で綺麗だなって見惚れて」
誤解されない様に焦りながら弁明する。お隣同士で誤解が生まれたらこれからのご近所生活が地の底に堕ちるに違いない。それだけは、絶対に避けたい。
「丁寧ですか、初めて言われました」
「そっか、俺なんてこんなに丁寧にできないよ」
俺が服なんて丁寧にたたんだら丁寧どころか別の服か見分けがつかない作品が出来上がる自信がある。昔よりかは成長したが、両親とたたんだ時なんて腕の部分が結ばれたから謎だ。
「そうなんですか、意外です。先程裕翔くんの部屋に上がった時調味料とか沢山あったので、てっきり得意なんだと」
「全然、料理は得意だけど洗濯をたたむのは何故か苦手でね」
料理は、工程を理解して調味料と具材を混ぜれば出来るが、洗濯をたたむのに関しては、何故かちゃんとたたんでも崩れてしまう。洗濯機で丁寧に洗ってるつもりだったか、下手で洗濯物に嫌われたか……。それはそれでちょっと今後が大変だから勘弁してもらいたいな。
「普通は、逆ですよ! 裕翔くんって学校とイメージが違いますね(笑)」
はみなみながらクスクスと笑うミシェルさん。何処か学校とは、違う感じがする表情にドキッとしてしまったのは、気のせいだろう。
「そうかな? 学校でもこんな感じじゃない? そんなに違う?」
「だいぶ違います! 学校では、裕翔くん絡みずらいと言うか、いつも机に突っ伏しているので話しかけていいか分からないんですよ」
ミシェルさんは、普段の俺の様子を言うが、大体予想通りだった。自分からそうやってるから何とも言えないがやっぱり直接正面から言われると結構心にくる。
「そ、そっか〜……基本突っ伏してるだけだから話しかけていいよ」
「そうなんですか?」
オドオドしながら話している俺に、なんの疑問も含んでいない純粋な心配な眼差しが向けられる。やめてミシェルさん、そんな視線を僕に向けないで溶けて液体になるよ。
意味不明な事を脳内で呟きながら、ミシェルさんに向くと謎かミシェルさんは下に視線を向けながらプルプルと震えている。
まさか今ので俺何かやばい事やったか……? あ、待て気安く話し掛けてって言うのが、不味かった……。
やらかした感が出ている状況に俺は、脳裏の処理が追い付かない。
やばい何かやらかしたか? 気安く話しかけていいよなんて、陽キャ大恒例の発言をしたからか? 陰キャには言ったら良い発言とダメな発言がありますよね。すいません!
脳内土下座を1000回ほど繰り返しながら恐る恐るミシェルさんの方にもう一度向く。
「あ、あの……大丈夫? ミシェルさん、気安く話しかけてって言うの嫌だったかな? それだったら忘れてくれて大丈夫だけど……」
不安交じりの声で聞くとミシェルさんは、プルプルと震えながらも顔を上げる。
ゆっくりと上げられたミシェルさんの顔を見て、俺はつま先から頭まで完全に硬直した。
頬を旬の季節のトマトにも負けず劣らずの赤色に染め上げて、瞳には、聖女の聖水の涙と言わんばかりの透明な水をつけている。
「ミシェルさん……だ、大丈夫? 」
「す、すいません……い、いや私……裕翔くんって下の名前で呼んでしまって!」
「え?」
「嫌でしたよね!? ごめんなさい! 今後は、気おつけますので、失礼します! 」
アワアワとしながら隣の部屋の鍵を開けてそそくさと逃げ込むミシェルさん。まるで付き合いたての恋人が手を繋ぐときの慌てようだ。
普段なら絶対に見る事の出来ないミシェルさんの反応に多少面白いと感じてしまう。
学校ではご立派聖女をしているがプライベートだと年相応のJK。この差を他の男子が見たら秘密を握ったとテンションを上げて喜ぶに違いない。
だが俺は、陰キャの鏡。そんな事は絶対にしないし今後することは無い。 自分で言ってて大概虚しくなる言葉を脳内天使に叫びながら、俺は玄関を開けて自分の家に戻る。
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