第46話


 いまマッケナの言っていることは、これまで都合よく使ってきたオーレリアン・デュフィの〝梯子を外す〟のにマルレーヌ・デュギーを使える、ということだった。


 デュフィ大佐の戒厳部隊はアールーズでサローノ人を拘束し続けているが、彼は〝やり過ぎ〟た。アールーズのサローノ系活動家は地下に潜り、テロリストではないサローノ系市民も軍の視界から逃れて息を潜め、いまではアイブリー政府を憎悪している。あまつさえ、サローノに共感シンパシーを持つ彼らは、潜在的な反体制の徒となりつつある。


 マルレーヌ・デュギーは、そんな悪化の一途を辿るアールーズの人道状況について、一石を投じる存在ではあったが、仮に、彼女が〝過激な思想を持つサローノの若者〟が越境を試みる際の隠れ蓑となり得ることを知っていながら、学生ビザを発行しヨーダム大学の学生として迎え入れていたと報じられれば、彼女への見方も一変するだろう。


 2人を結ぶ線は全くないが、仮に、サローノにまつわる両者の関係――デュフィの前任地はサローノ州ファテュ郡、デュギーの逮捕の原因は学内のサローノ系学生への対応の不備である…――が浮かび上がってくるとすれば……。

 例えば、サローノ政権と結び付いたデュフィがより本格的な派兵への呼び水を欲し、マルレーヌ・デュギーによるファテュの過激分子の越境脱出に見て見ぬふりを決め込んだ――その結果、アビレーで何が起こるかは自明であったにも拘らず…――という見当。

 或いは、それを前提として、デュギーの側からより積極的な働きかけがなされた、といった筋書きストーリーを、統監府の情報統制の下でもっともらしく広めることもできる。


 テロリストの越境の支援と、その黙認――。

 現在アールーズで起こっている〝サローノ人狩り〟は、そういった事実を隠蔽し糊塗するための茶番である、と……。


 一般的に、そのような筋書きの創作は〝謀略〟といわれる。



「彼女を贖罪の山羊スケープゴートに……⁉」

 マルレーヌ・デュギーを検束させたのは他ならぬラッピンだったが、この筋書きは聞いていない。彼女としては寧ろ〝逆の筋書き〟――例えば、万が一政情不安が嵩じてノヴォトナー政権が倒れてしまった場合に担ぐ超党派融和の象徴シンボル――に使うつもりだったのだ。


「これが傷口が一番小さい手技だよ」

 その声音が1音階オクターブほど跳ね上がったラッピンに対し、マッケナは表情を変えなかった。

 なるほど……。

 〝梯子を外す〟のなら両方いっぺんが好い。〝一石二鳥〟というわけだ。


「……もちろん、事態収拾の〝切り札〟として使ってもいい。彼女の人権擁護者の一面かお使える有効だ。その場合はノヴォトナーとデュフィの線を強化す(る)…――」

 まるでカードゲームポーカー手札ハンドを評価するようなマッケナを、ラッピンは遮った。

「エヴェリーナ・ノヴォトナーはアイブリーの市民が選挙で選んだ代表よ。〝地球人〟が陰から貶めることはできない。忘れないで、連邦政府職員の忠誠の対象は万民よ」

 マッケナは面を上げラッピンを見上げた。その口許が笑ったように見えた。


 ちょうどそのとき、広場に設置された時計塔が〝教会の鐘の音を模した〟チャイムを奏ではじめた。アースポートとアビレーを結ぶ航路便の出船10分前を告げるチャイムである。

「――…もう最終便が出る。行くわ」

 もっとも、これからラッピンが乗ろうという〝2140二一時四〇分発 最終便〟は、公式の運航時刻表に記載のない、一部の特別な職務に就く連邦政府職員専用のプライベート・コミューター(〝ジャネット便〟)だ。他に客はいないだろう。


――」

 踵を返そうというラッピンに、マッケナが片手を上げて呼び止めた。

「……何れにせよ、鍵は〝サンデルス〟だ。なら〝上手く〟やれ」


 ラッピンは何も言わずに踵を返した。

 マッケナは最後に自分のことを〝ジーン〟と読んだ。

 ここから先の行動は、連邦政府職員のシャノン・モーズリーのしたことではなく、アイブリー生まれのフェルタ人、〝ジーン・ラッピン〟がしたこととして処理する、そう言ったのだ。

 なるほど……。

 ならば上手くやらなねばならない。

 これは〝静かな戦争〟なのだ。

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