第45話


「〝分断し統治せよ〟は地球われわれの常套だ。内患を繕えなければ、それはつけ込まれるだけだ」


 統監府の上級スタッフの1人であるマッケナのその冷淡さに、今度はラッピンが慎重な面差しとなった。彼女は目線を狭い海峡の先、アビレーの夜景へとやった。


〝地球の人間〟は、いつだって自分たちのことしか考えてない。〝地球100臆の民意〟を、なぜ224光年離れたフェルタで振りかざせると思うの? フェルタは地球のためだけに存在しているわけじゃない」

 感情の御されたその言に、マッケナは肯いて、そして訊き返した。

「地球は傲慢で利己的かい?」

「その民意にフェルタの利益は反映されていない。フェルタは自分たちの代表を評議会に送り出すことすらできないのよ」


「シャノン…――」 マッケナの次の言葉までには間があった。「――君も連邦政府の職員の1人だよ」 そこには逡巡があったろうか。

 ラッピンは大きく息を吐くとベンチから立ち上がり、埠頭地区の中央広場に掲げられた〝地球連邦の旗〟を向いて姿勢を正し、右手を左胸の上に置いた。


「〝私は地球連邦旗と、それが象徴する、万民のための自由と正義を備えた、母なる星の下、分割すべからざる一民主政体である地球連邦に、忠誠を誓います〟」

 ラッピンは〈忠誠の誓い〉の暗誦を終えると、改めてマッケナを向いた。


「私は地球連邦市民だけど、アイブリーで生まれたフェルタ人でもあるわ」

「結構。僕はトロント生まれのイングランド系ミンガス北米人だ」

 そう言ったマッケナの顔を、ラッピンは黙って見返す。


 2人はしばらくの間、対峙した。もっとも、マッケナはベンチに座ったままだったが。

 やがてマッケナの方が、肩を竦めて口を開いた。


「自分よりも遥かに強大な勢力を向こうに回そうというんだ。足並みを揃えられないのなら、そもそも戦うべきじゃないだろう。……僕はそう言ってる」

 ラッピンは胸元で腕を組んで頷いた。

「そう。……なら、陰から互いを焚きつけて反目を誘うべきじゃない」


 マッケナは上目にラッピンを見据えて言った。

「個人的には同意だ」

 ラッピンが何かを言い返そうと口を開くより先に続ける。

「――僕らの忠誠の対象は地球連邦という体制じゃない、万民だ。……だろ? その中には勿論〝フェルタ生まれの人間〟も入っている」


 ラッピンは口許を引き締めてマッケナを見据えた。

 それを〝信じていい〟のかしら?

 というふうに。


 マッケナは目線を下ろした。

「マルレーヌ・デュギーを確保したのはよかった。彼女は分離主義者のシンパと目されているし、実際、利用されていて、そのことを知ってもいた」


 彼の〝言っていること〟のその意味に、ラッピンの形の良い眉が跳ね上がる。

 マッケナは目線を上げずに続けた。


「アイブリー政府と議会はエヴェリーナ・ノヴォトナーの下で大きな混乱はない。防衛軍上層部と保守層を抑えるのはトマ・サンデルスに期待できる。彼を説得できれば一先ずまとまるだろう。後はデュフィ大佐に舞台を去ってもらえれば、この事案は落着する」



 フェルタで最も発展を遂げた経済圏に対し、くにの外部――サローノ――から分離主義勢力を潜入させ騒擾させる。警察の対応力を超える事態に軍という実力組織が注目を集める状況が創出される。そうして軍の存在感が増せば、現地アイブリー政府の統治能力に疑義が生じ、政治的な安定が失われれば軍はさらに尖鋭化する。

 地球連邦統監府が描いた筋書きシナリオは、そういったものだった。


 もともと武装することを好まず、武力行使に慎重な〝ハト派〟であることに誇りを持つ多くのアイブリー市民はこの状況を受容しない。少なくない数の市民が採るであろう地球追従の姿勢にも拍車がかかる――。


 事態収拾の筋書きは、軍という暴力装置の速やかな退場で、それを鮮やかに印象付ける算段は〝梯子を外す〟ことだ。秘密裏に支援してきた武装組織から手を引き、孤立させて罪を被せる。


 月でも、火星でも、小惑星帯や外惑星木星と土星の諸衛星都市でも、地球は常にをやった。

 ……勿論、植民の星フェルタのサローノでも、をやった。

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