第40話


「どの道、選択肢は多くないわけね……」

 バンデーラはセシリアからラッピンへと視線を移した。

 それを正面から受け止めて、ラッピンは2人に問う。

「決まりかしら」

 バンデーラとセシリアは目線を交わすと、ラッピンに肯いて返した。

 ラッピンは満足げに目を細めると右手を差し出す。

 セシリアはそれを握り返したが、バンデーラは握り返すことをせず、腕を組んで言った。

「馴れ合いはしない」

 ラッピンはフッと笑い、肩を竦めて応じた。

「それじゃ最初の〝指示おしごと〟――」

 懐から一通の令状を取り出し、バンデーラへと差し出す。


 バンデーラは開けるや素早く目を通し、それから隣のセシリアに渡した。文面を見た途端、セシリアが声に出してラッピンに質した。

「マルレーヌ・デュギーの逮捕ですって?」

 文書はアイブリーの司法機関の発行するものではなく、フェルタ統監府の所属官庁である法務院……つまり地球連邦の機関の発行するものだった。

 セシリアの詰問にラッピンは肯いた。

 マルレーヌ・デュギーは名門ヨーダム大学の文理学部長でアイブリーにおける人権擁護活動の牽引者である。

 しっかりと文書を読み終えたセシリアは、統監府付き監察官のラッピン――いや〝モーズリー〟か――にはっきりと物申す。

「これは治安法制の無制限な解釈よ」


「そんなことは解ってる」 ラッピンは冷静な声音で応じた。

「こう考えて欲しいわ。〝こうすることでマルレーヌ・デュギーを保護できる。極右の連中から〟」

 セシリアは憮然と押し黙った。


 ラッピンは、昨今の〝嫌な流れ〟について言っている。

 マルレーヌ・デュギーは一連のテロ事件を受けアイブリーの名門大学のキャンパスにも広がりを見せつつあった〝サローノ人〟排斥運動について、学部長として遺憾の意を表明した。すると排外主義団体、議員、学会、果ては親地球ロビーからの反発を招き、進退窮まることとなった。

 昨日のアビレー市議会の教育・労働委員会が開いた公聴会でも、急進右派議員らによる厳しい――…というより〝言い掛かり〟に近い――追及を受けたばかりだった。


「ご理解頂けた?」

 そう言ったラッピンに、結局、バンデーラは肯き、セシリアも乱暴な溜息混じりに同意をする。

 満足気に一息を吐いたラッピンは、背後のドアへと身体を向いた。

 今日のところの話は終わったらしい。





 ベアタ・ヌヴォラーリは、市中をと走る多目的車両SUVの助手席からダッシュボードのカーオーディオのボリュームへと手を伸ばした。スピーカーから聴こえる、時折ノイズの乗る、ニュースの音量は大きくなった。


 トーク系のニュース番組は今日も、戒厳令の前後から連日トアイトン入りしている地球連邦統監府の渉外スタッフの様子を揶揄を交えて伝え、協議という形でのアイブリー政府に対する政治的圧力に言及している。一方で、封鎖されたアールーズについて、さながら〝サローノ人狩り〟とでも言うべき事態が、街の彼方あちら此方こちらで起きつつあると報じてもいる。


 運転席となりのラフ・サンデルスの溜息を聴いた。


 出動中の車中ではない。

 戒厳令の施行により警備警察局は戒厳司令部の指揮下に入り、公安調査部PSIもまた、当面の捜査活動を縮小している。つまり〝開店休業〟状態なのだ。

 それで多くの特別捜査官が、このように市中の巡回パトロールに出張っていて、ベアタもまた、全州安全保障会議以降ラッピンが姿を見せなくなったこともあって、こうしてサンデルスと共にアールーズの街中を見回っている。


「何もかも悪い方向に行ってる……」

 サンデルスが、すっかり人影の減ったアールーズの街区を窓外に見て呟いた。

 視線の先の街路には、其処そこ此処ここに防衛軍の歩行戦機AMFと兵が立ち、胡乱な目を光らせている。


 ニュースの流れるスピーカーから速報を告げる効果音が鳴った。


 早口のプレゼンターの伝聞によると、ヨーダム大学の文理学部長マルレーヌ・デュギーが〝学内で生じたサローノ人学生と一部学生との衝突〟に対し適切な予防措置を講じなかった責任を取って辞任を表明、その直後、司直によって検束されたとのことだった。

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