第39話


 美しい顔がわずかに不機嫌なものとなったラッピンから視線を戻し、セシリアはバンデーラに向き直って言った。

「確認しなければわからないけれど、有り得ない話じゃないわ」

 バンデーラは曖昧に頷いて返した。

 複雑な背景があるようだが、正直バンデーラには彼女の出自がアビレーにあろうとなかろうとどちらでもよかった。

 だがセシリアにとっては違うらしい。彼女ラッピン共感シンパシーが地球とアイブリー、どちらに向いているのかはそれなりに重要ということか。


 一方、ラッピンにすれば、2人のPSI捜査官の所感の相違なぞ重要でなかったろう。2人に割って入るように口を挿んできた。


「私の〝出生〟に纏わるマジック魔法は話した。あとはそれをどうするか、それが重要なんじゃないかしら――」

 2人の注意が向くのを待って、ラッピンは続ける。

「連邦はそれを〝使った利用した〟……たぶん上手に。アイブリーも上手く使うべきと、私は思うけれど」


 2人の捜査官は頷き合うと、セシリアの方が改めてラッピンを質した。

「地球連邦は何を考えているの?」


 ラッピンはその整った顔に微笑を湛え、先ず〝伝えなければならないこと〟だからとばかりに、大前提の事柄を通り一遍に口上する。

「統監府は、中部都市圏でのこれ以上のテロの拡散を望んでいない。どう? 私たち、これだけでも利害の一致を見るはずじゃない?」


 当然だ。

 バンデーラは内心で鼻白む。

 フェルタの行政に責任を負う組織が、テロの拡散など望むはずないではないか。


 そんなバンデーラの表情を見て、ラッピンが声を潜めるように続ける。

「さて、いよいよ核心。中部都市圏に混乱をもたらしたいと考える者が、アイブリーの政府部内に居る」

 語られたのは、一足飛びに不穏当なものだった。

 この場合どう対応すべきか、それぞれが思案顔となったPSI捜査官を観察するように、ラッピンは覗き込んでいる。

 バンデーラは〝一連の事件の始まり〟だと説明を受けたことを口にし確認をした。


「ロマン・リシュカを拉致したグループ…――」


 ラッピンは肯くことこそしなかったが、バンデーラを向いて続ける。

「統監府内では、今回のことでアイブリーのガバナンス統治能力に疑問を持つ者が多い。恃むに値しない、とね。……実際、6軍への指揮権の発動も議論されたくらいよ」


 それはトアイトンで聞いた。

 準州政府は追い詰められ、結果、防衛軍の出動という事態となっている。


「けれど――」

 そこまで言って、ラッピンはわずかに声音を変えた。

「私はには反対の立場よ。統監府にも、準州とはいえ現地政府の自治権をないがしろにすべきでないと考える者はもちろんいる」


 トアイトンの安全保障会議の席上で準州代表を追い込んだ当人の口から、そんなことを聞くとは。

「それならな(ぜ……)――」 そこまで聞いたセシリアが非難がましい声音になってラッピンを向いた。それをバンデーラが横から遮る。

「統監府も一枚岩ではない?」

 ラッピンは不満そうに押し黙ったセシリアとバンデーラとに肯いて返し、更に不穏当な言葉を口にしたのだった。

「連邦評議会もね」


 証拠を突き付けられた訳ではなかったが、それにも関わらず、フェルタ人の2人は統監府の人間と状況を共有した。


「……それで、あなたがここに来た理由わけは?」

 腕を組み直してセシリアが訊く。


「もちろん、この状況の打開に協力を願いたいからよ。それに、最悪の事態に備えて〝現場レベルでのパイプ〟をアイブリーとの間に確保しておきたい、というのもある」


「最悪の事態……?」 セシリアは眉を顰め、

「その〝パイプ〟というのは、で、ということ?」

 バンデーラは訝るような視線を向けた。


 ラッピンは何らの表情も浮かべずに淡々と応じる。

「このままでは今回の事件で双方の軍部連邦軍とアイブリー軍は政治的発言権を得るかもしれない。――私の行動について、統監府は一切関知しないわ……〝表向き〟」


「情報は共有されるのかしら?」

 セシリアが鋭い目を向ける。

「〝言えること〟の範囲で」

 動じることなく言い放ったラッピンに、セシリアは溜息を吐いてバンデーラを見上げた。

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