第35話


 朝になってホテルを後にしたベアタは、街の目抜き通りメインストリートをアメデオの家の在る方へと向かった。彼がまだそこに住んでいるとは限らなかったが、差し当たっては中学時代の記憶を辿ることにしたのだ。

 もしすでに彼がそこに居なかったとして、それならそれで転居先を追う手段はある。


 午前も早い時間帯の街並みを自分の足で歩き、ベアタは、改めて故郷コンパトリの〝傷痕〟を見ることとなった。

 中学時代によく通った、目抜き通りの商業ビルは半ば崩落していた。

 人通りはそれなりだが建物の2割方は煤けていて火災の跡が見て取れ、人の気配のないものもある。焼け跡の中には、つい最近に燃えたと思しきものもあった。

 それで、ベアタはようやく〝アメデオと消防服〟とを結びつけることができた気がした。


 記憶を手繰ってアップタウンに入ったところで、車道を、窓に投石よけの金網が取り付けられた物々しいカーキ色のバス――大型の人員輸送車――が追い抜いていった。


 ――ファテュ解放軍FLAに志願する若者たちを乗せたバス……。


 見送ったベアタの口から、小さく溜息が漏れた。




 それから街区を1つ行ったところでベアタは再びカーキ色のバスを目にとめた。

 バスは集合住宅の前に停まっており、金網越しの車窓を覗くと――ベアタと同じくらいの年頃だろうか…――真新しい戦闘服を着た若者の姿がある。何人かは女の顔もあった。


 知らず目線を下げたベアタが通りの先へと視線を振ったとき、思いがけずそこに、アメデオの姿を認めた。

 ダッフルバッグとヘルメットを片方の肩に背負ったアメデオが、バスの乗降口の前で歩み止めて、彼女と同じような表情をこちらに向けて立っている。その肩越しに覗いているヘルメットは、消防士の使う耐火ヘルメットではなく、明らかに戦闘用のそれだった。


「アメデオ……あなた…――」


 一瞬、言葉を探したアメデオは、何か諦観したような表情になって小さく息を吐いた。

 それから開け放たれたバスの乗降口を覗き込んで同じ年頃の若者と頷き合うと、背負っていたダッフルバッグとヘルメットを放ってベアタに向き直った。


「5分だと……」

 乗降口の奥から若者の声がした。

「わかった。ありがとう」

 アメデオはそう応じると、バスを離れて路地の日陰の方へとベアタを誘った。



 路地の陰に入るとアメデオはベアタを見やる。その表情は穏やかで優しかったが、同時に他人を突き放すような、そんな表情だった。ベアタは気後れがちとなる自分を励ました。


「FLAに?」

 単刀直入に訊いたベアタに対し、アメデオは頷いて答えた。

「ああ」


「賢い選択とは思えない」

 ベアタは言った。

 アビレーにもファテュで起こっていること――武力衝突――は、断片的ではあるが伝わってきていた。

 マスメディアを介して伝えられるそれは、控えめな表現をしても〝紛争〟だった。……つまりそれは〝人が人の命を奪う〟ということの応酬だ。

 ベアタは、そういう場に居るアメデオを、想像したくなかった。


「暴力では何も解決できない。そうでしょう?」

 そう言い募る言葉は、やはりどこか〝きれいごと〟めいていたろう。

 それでもベアタは、正しいと思えることを口にしたつもりだった。

 対してアメデオは、優しい笑みを浮かべて言った。

「たくさん〝殺された〟んだ」


 〝死んだ〟とは言わなかった。彼は〝殺された〟と言った。

 ベアタは、そのどこまでも優しい笑みにやり切れなくなる。


「じゃ、殺されたら殺し返すの?」


「ね、ベアタ」

 アメデオは目を逸らさずまっすぐベアタを見て答えた。

「……暴力に訴えずに主張を通すことは、僕にはもう無理だ」 そうして、静かに言継ぐ。

「それじゃたった一つの大事なものを守れないことに気付いた」


「大事なもの? それはなに?」

 そう質したベアタの胸の内に、物悲しい想いが広がっていく。


 ――故郷に残っていた大切なものが、また一つ、遠くへといってしまう……。


 そんなベアタに、アメデオははっきりと言った。

「〝怒り〟さ……」

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