コンパトリ2692 (回想/ベアタ)

第33話


…――4年前…――


*** 2692年6月12日

    惑星フェルタ 南パルミナンド大陸西部

    サローノ準州 ファテュ郡 コンパトリ市





「ベアタ⁉ ベアタ・ヌヴォラーリじゃないか?」


 かつては小都市なりの規模のターミナルだった停留所バスストップに降り立った19歳のベアタは、出し抜けに自分の名前を――…それもフルネームで――呼ばれ、内心では息が止まるほど驚いたのだったが、その表情を隠して素朴な――野暮ったい…――ショートボブの頭を声の主へと向けた。


 はたして視界の中に、煤けた消防服を纏った大柄の青年の、驚きと懐かしさのない交ぜになった表情が入ってきたのだった。


 始めこそベアタは、その上背に驚き、〝なぜ消防服?〟という素朴な疑問に小首を傾げることになったのだが、それでも彼の笑顔は記憶の中の〝爽やかでやわらかい表情〟のままで、それが彼女に、再び息の止まる思いをさせた。


「僕だよ……アメデオ・カルレッティ――」


 その名も憶えている。…――その名は忘れようはずもない。

 彼は中学2年のクラスメートで、勉学優秀なうえスポーツ万能というクラス男子で一番目立っていて、クラスのリーダー的な存在だった。



 さて、彼――アメデオの方は、その顔を不安そうに曇らせてしまっている。

 傍目に反応の薄いベアタの表情に、困惑を通り越して落胆してしまったのかもしれない。


「昔、中学の頃…――もう憶えてないかな?」

 それでも〝あの頃のふたりのこと〟を呼び起こそうと続けかけ、その自分の声音がずいぶんと気後れ気味なものに聞こえたことに苦笑を浮かべて目線を外すことになった青年に、ベアタはコホンと小さく咳払いをした。そして芝居気のある声になって言う。


「〝その先で僕は星を探すんだ〟――」


 アメデオは目線を戻した。そして記憶を手繰るような声音になって続ける。


「――〝きっと大きな星があるはずなんだ。それが僕の星さ〟」


 中学2年の冬のチャリティーで上演した舞台演劇のセリフの一節だった。

 主演と脚本を担当したのがアメデオで、ベアタがヒロインを演じて、当日は喝采のうちに幕を下ろしたのだった。

 そしてその後、初めての口づけファーストキスを交わしたのだ。


「あなたの星は見つかった?」


 にっこり笑ってそう訊くと、照れたような表情となっていたアメデオは〝爽やかでやわらかい笑み〟に戻したのだった。




 14歳になる年の春、ベアタは、両親と4歳下の妹の4人で故郷コンパトリを出た。

 その当時、地球からの独立を求める分離主義勢力と現体制派との対立が表面化していたサローノ西部は日に日に緊迫の度合いを増しており、歴史学者の父と農業博士号を持つエンジニアの母という、いわゆる〝学識層〟の一家は、双方の主張の暴発が現実のものとなるより前にこの地を逃れることを選択した。彼女の父も母も、典型的な宥和主義者だった。


 別離わかれの日、ファテュ方面に向かって連なる装甲車の車列の脇で、二人をめぐる辛い現実を受け入れようと努力をするアメデオが、そのまだあどけなさの残る顔に精一杯の笑みを湛えて見送ってくれたのを覚えている。

 それがベアタの初恋の終わったときだった。


 その後一家は、南パルミナンド大陸を東へ東へと横断する。その間、サローノの治安部隊や連邦軍の車列と何度も行き違った。そして最終的に大地峡から州境を超え、避難民としてアビレーに入ったのだ。

 ベアタはアビレーで勉学に励み、17歳になる年にアイブリーの最高学府〈アイブリー大学ギムレー校〉に進学した。



 〝あの日〟から5年の歳月が過ぎ3年次への進級を控えたベアタは、夏季休暇に故郷をもう一度その目に収めようとコンパトリを訪れた。

 この頃にはもう、アイブリーで生きていくことを決めていたのだが、アイブリーでは否が応でもサローノ出生という事実を意識させられる。交戦地帯のリスク――コンパトリはファテュから目と鼻の先だ――を押してまで帰ってきたのは、自分の決断に納得をしたかったのかもしれない。



 そうして降り立った5年ぶりの故郷のバス停で、彼と再会したのだった――。

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