第31話


 全員が着席するとエヴェリーナ・ノヴォトナーは、先ず隣の女性の紹介をした。


「シャノン・モーズリーを知らない方もお出でと思いますが、連邦国務省から差遣された統監府付き監察官です。ファテュでの紛争では初動から現地に入り、特殊工作にも従事していました」

 準州代表からいきなり紹介された連邦政府の監察官という女性に、座の面々の視線が集まる。準州代表はここでいったん言葉を切り、隣のシャノン・モーズリーをチラリ一瞥して発言を促した。

「――…モーズリー監察官」


 ――モーズリー……監察官ですって?


 バンデーラは、準州代表の隣で『シンプルで上質なスーツ』を身に纏う〝明るめの黒い肌〟の美女を食い入るように見た。ソバージュの黒髪の下の、いつもよりなお涼やかな顔の女の名は、『ジーン・ラッピン』だと記憶していたのだが……。


「お手許の画面を――」

 モーズリー(ラッピン?)は会議の参加者に配布された端末を操作して言った。

「古典的なテロリスト・ネットワークについては皆さんご承知と思います。一つの細胞が、他を支配しています。〝頭を切れば身体は萎える〟…――」


 地球連邦統監府から差遣されてきた監察官との説明だったが、〝ファテュの紛争に初動から現地入りし特殊工作にも従事していた〟との経歴から、恐らく内務省内の秘密情報部SISに籍を持つエキスパートその道のプロなのだろう。安全保障会議の面々は、彼女の講義に耳を傾ける。


「――しかしそれはもう過去のものです。新しい組織ではそれぞれの細胞が独立して活動しています。頭を切っても、別の頭が……」


 彼女の語る〝新しいテロリスト・ネットワーク〟の在り様は、歴史上、特に真新しいものではない。地球にいては20世紀の終わりからずっとそうであり、考察の範囲を太陽系全域まで拡大しても、時代が下るにして同様の傾向となっている。だがここフェルタでは27世紀に於いても、20世紀中頃の地球でいう〝古典的〟なの状況なのだった。

 それはフェルタの置かれた、二重太陽による〝強力な磁気圏〟の影響や、事実上の植民地政策によって低く抑えられている技術的制約がそうさせていたといえる。少なくとも、これまでの所はそうであった。



「〝バス〟を爆破したグループを第一の細胞とすると、その細胞のメンバーは、すべてPSIが潰しました」

 ここでモーズリー監察官は、確かにバンデーラの方をチラと見た。


 ――ああ、やはりジーンね。

 バンデーラは確信した。


「それを見て第二、第三の細胞が動きます。〝シティプラザビル〟……そして〝劇場〟です」

 ラッピンは、バンデーラと目線を合わすことなく続ける。

「――先日の〝小学校〟の件も、〝一連のネットワークによるもの〟と見ています」

 この言には、バンデーラのまなじりは吊り上がりそうになった。



 互いの顔を見合わせるばかりとなった安全保障会議の参加者の中から、〈首席補佐官〉がラッピンを向いて訊いた。

「すべての細胞を潰すのにどのくらいかかると?」


「わかりません」 モーズリーことラッピンはすぐに応じた。「……ですが、それほどの時間的猶予はないとお考え願います」


 どういうことか、と目線で問う〈首席補佐官〉にラッピンは静かな口調で告げる。


「今回の事件は、その当初から統監府の厳重な監視下にありました。明日、統監より正式な通告がなされることになります。〝明朝7時以降、状況が打開の方向に向かわなければ、アースポートの第6軍による直接介入も検討する〟。――統監府の結論です」


 室内が騒めいた。

 サローノ政府が連邦統監府と…――加えていうなら当のアイブリーもが――共にファテュに対して行ったことを、ここアイブリーで、それも事実上の首都であるアビレーで行うといったのだ。

 そのようなこと、この場の誰しもが到底受け入れられるものではなかった。バンデーラも、統監府が送り付けてきた監察官の言葉に怒りに近い感情を抱いたのだった。

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