第26話


「――…支局長アンテロ・ラウッカと連絡が取れない。

 死体の数は、これまでで200を超えているそうだ……」


 崩落した4階の辺りからロープで吊られた白い納体袋が降ろされてくるを目で追っていたベアタは、パーティー会場から少し遅れて到着してすぐに現場から状況を聞きまとめていたトゥイガーの、上司であるバンデーラに状況を伝える声を聞いた。


「PSIでは誰が?」

「マズリエとフランセン、それとパウラの遺体が。他はが……シーロフ支部長も安否不明だ」

 訊いているバンデーラも、補足を返したトゥイガーも、その声は沈痛である。


 ベアタは息を吸うと大きく吐き出した。肩の震えを感じた。

 つい数時間前、パウラは〝愉しんでらっしゃい〟と笑顔で送り出してくれたのだ。それがいま、彼女の名は被害者の一覧リストに名が載り、その遺体は白い袋に納められ、この荒廃した広場のどこかに並べられている!


 言いようのない苦衷に身体が戦慄わななくのをこらえ、ベアタは眼前の光景を脳裏に焼き付けた。

 この所業は、テロリストらにいかな〝言い分〟があったとて、決して赦されるべきものではなかった。


 ――何処に逃げ隠れしようと、必ず捕まえ、法の裁きにかけるわ。


 ベアタは、心中のパウラの笑顔に、そう誓った。





 事件の〝あらまし〟は次のようなものだった。

 爆発物はフルサイズのステーションワゴンに載せられ、帰宅時間帯の道路から警備の制止を振り切って広場に進入すると、猛スピードで広場を横切る形で1階ロビーに突入して、そこでドライバーごと爆発した。

 ワゴンはアールーズで盗難届の出されたものであることが確認されている。

 炸裂したのは2.2トンもの硝酸アンモニウムANFO爆薬で、後にその爆発の規模はマグニチュード3.2相当と比定された。



 この夜の『アビレーシティプラザビル爆破事件』は、アイブリー州史上、最悪のテロ事件となった。

 犠牲者は最終的に403名を数え、重軽傷者多数――。

 警備警察局はアンテロ・ラウッカ支局長をはじめ主だった幹部の多くが死傷し、その捜査能力を大きく減じることとなる。




 エヴェリーナ・ノヴォトナー準州代表は、事件の一報が入るや緊急の閣議を招集、本件に関する関係部局の連絡体制を確認すると同時に、代表府から直接にアビレー市へ上級スタッフを派遣し、状況を逐一報告するよう求めることを決めた。


 一方、夜が明けた時点で、準州内外のどのテロ組織からも〝犯行声明〟はなく、つい先日の『人質バス爆弾事件』以上のショッキングな映像だけがマスコミによって伝えられるという状況に、アビレー市民の日常は変わっていくこととなる…――。


 事件の翌日には、昨夜まで通行人で混雑していた街区の通りから目に見えて人影が減った。

 少なくないアイブリー市民がサローノからの越境者に対する〝ある種〟の疑心を表明し、それに同調した一部の者の不穏な行動の抑止のため市警が出動するという事案が発生している。この日以降、多くのサローノ避難民が、いわれのない憎悪と嫌悪に晒されることとなっていく。


 それはまるで、21世紀初頭の『アメリカ同時多発テロ事件』から24世紀末の『地球連邦』樹立までに及ぶ〝テロとの戦いに終始した苦難の時代〟へと時計の針が巻き戻ったかのような重苦しさがあった。


 アイブリーの事実上の首都であるアビレーの市長グレッグ・フライは、準州代表府からのスタッフを受け容れるのに先立ち、過去のテロ事件を紐解いて、市民にこう語った。


「…――過去のフェルタの歴史、いや、地球人類の歴史を紐解けば、テロの先例を挙げるに事欠くことはありません。しかしです!

 あの〝メーツィア〟でも、駅舎が爆破された翌日も経済活動は維持され、通りは人で溢れました。してはアビレーです。フェルタで最も豊かなアイブリーの中部都市圏の要の街です! ……我々は負けません」



 だがしかし、アビレー市民を力強く鼓舞するはずの言葉すら嘲笑うかのように、事態はさらなる悪化の一途を辿ることとなる。

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