第25話


以来、元気がないようだけど、どうかした?」


 ベアタの気遣いなどお構いなしに、サンデルスは〝対番先輩〟として接してきた。

 だからベアタも、対番後輩の表情になって溜息を吐いてみせた。

 幸い、周囲に人影はない。



「――…問答無用だった」


 硬い声で彼女が言ったのは、アールーズのテログループのアジトに踏み込んだときのことだ。それはサンデルスにもすぐにわかった。


「緊急を要する事態だったからね……」

 言葉尻が言い訳がましくなったのは、ベアタが言わんとすることが理解できるからだ。


「〝サローノ人〟だったから?」

 サンデルスの張った予防線を、ベアタは構わずに越えてくる。

「――サローノ人の家なら、完全装備のSWATにいきなり踏み込まれても仕方ない?」


 事実は少しばかり違う。バンデーラは裁判所からの令状を待った。対テロ事案のマニュアルに沿って手続きを正しく履行している。

 だが同時に、もし被疑者の背景バックボーンに〝サローノとの関係〟が上がっていなければ、はたしてSWATによる突入という手段を採っただろうか? という疑念は確かにある。


 サンデルスは夜空を見上げた。

「結果的に正しかった」



 部屋から押収された大量の〝爆弾の材料〟の類いを鑑みれば、この判断が〝正しかった〟のは一目瞭然だった。

 ……が、「疑わしきは被告人の利益に疑わしきは罰せず」の基本原則に照らせば、それが結果論でしかないと言うのも、また事実だろう。


 サンデルスとて、ベアタがそれを言っているのは理解している。

 理解した上で、そう言うしかないのが現実だった。……〝サンデルス〟は現実主義リアリストだから。


「…………」


 ベアタが唇を噛んで顔を背けたとき、サンデルスの上着の内ポケットから電子音が鳴った。

(――実はこの時、宴もたけなわの会場のあちこちで、参加した法執行機関関係者ほぼ全員の携帯やポケベルページャーの着信音がつぎつぎ鳴っていた。)


 溜息とともに携帯を引っ張り出したサンデルスがそれを耳に当てたとき、今度はベアタのポケベルページャーが鳴りだした。

(――職業柄、今夜のようなパーティーに出席する際のドレスにはポケットを設え、中にはポケベルを忍ばせてある。携帯の類いは流石に大き過ぎる。)



 ポケベルの限られた液晶面に目をやったベアタは我が目を疑った。



[ 緊急事態。シティプラザビルで ]



 ベアタの首が跳ね上がるようにサンデルスを向く。

 携帯を耳に当てたまま黙って肯いて返したサンデルスが、ついと遣った視線の先…――駐車場へと下る公邸のエントランスからの階段――には、同じメッセージを目にしただろう同僚たちが、取る物も取り敢えずといったていで飛び出してきていた。


「ベアタ!」


 ラッピンの声がした。騒然となり始めた公邸のホールから〝自分の監視係〟を捜してポーチに飛び出してきた彼女の表情も蒼褪めている。その彼女は、ベアタに肯くと、きびすを返して駐車場へと向かった。


 サンデルスは、ようやく繋がった携帯で何事かを確認し始めている。その彼が、目と手振りとで〝行け〟と言ってきたので、ベアタはラッピンの後を追って公邸中庭のポーチを後にした。




 サイレンを鳴らし赤青灯の車列を連ねてシティプラザビルへと戻った一行だったが、先着の消防や救急、警察等の車両や人員を掻き分けるように進んだ彼らがそこに見た光景は、想像を遥かに超えたものだった。

 いったいどのような爆発物を用いれば、このような惨状を引き起こすことができるのだろうか…――。


 9階建ての合同庁舎はその8割方が崩落し、その破片が、隣接の広場の広範にわたって飛散していた。一帯には焼け焦げた臭いが漂い、そこかしこに遺体の納まった白い納体袋 (担架でないことが状況の深刻さを語っている)を運ぶ消防隊員の姿を見て取れる。


 そんな光景の中、つい今し方までパーティーの場にいたEチームの面々の艶やかな装いが立ち尽くしているのは、非現実的であった。

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