第14話


 ラッピンは、バンデーラの目を真っ直ぐに見て言った。


「協力させて。必ず役に立つわ」


 バンデーラは、ラッピンの手錠を外すようベアタに目配せすると、踵を返してバスの方へと向かった。




 バスの停まっている三叉路の交差点まで戻ると、サンデルスが寄ってきて新たな情報を伝えてきた。


「運転手の名前はアンシェラ・ヘリュック。犯人は爆弾を胴体からだに巻き付けているそうです。全員が短機関銃で武装、3人のうち1人は女性だそうです」


「……交渉人ネゴシエータは?」


 サンデルスは、申し訳なさそうに首を振った。


「渋滞です」

「運転手は爆弾について何か言ってきた? ――配線コードとかボタンの位置、大きさ、……何でもいい」


 それにもサンデルスは首を横に振った。


 そんなやり取りの横で、自由の身となったラッピンは周囲の状況に目を配っている。

 モーターの唸る音がしてそちらに視線を遣ると、TV局の中継車が、望遠カメラを取り付けた電動ポールを車の屋根に起こすところだった。それを追って見上げた視線の先――バスの上空に集まった何機もの報道ヘリの姿がある。

(※二重太陽の影響で電子機器の性能が低下するフェルタでは、ドローンは普及していない。)


 現場の状況、とりわけ報道の態勢が整っていく様に、ラッピンの顔色がみるみる蒼ざめていく。


たいへんmy God!…――」


 交渉人ネゴシエータの到着を待たず、犯人とのコンタクトを始める決断をしつつあったバンデーラは、その声を耳にすると、振り返ってラッピンを見た。サンデルスも同じように振り返った。


「交渉する気なんかないわ」


 首を小さく左右に振りながら言ったラッピンにバンデーラが質す。


「どういうこと?」

「報道のカメラを待ってる。爆破を見せつけるためよ…――」


 バンデーラとサンデルス、それにベアタの三人は、上空の報道ヘリを見上げた。

 ラッピンが鋭く訊いた。


「狙撃チームは位置についている?」

 返答を待つまでもなく、ラッピンはすぐさまバンデーラに言った。

「命令して――いますぐ〝犯人を撃て〟と」


 逡巡する二人に、説きつけるように続ける。「――いい? どう転んでも〝負け〟は決まってるのよ。〝負けを大きくする〟か、〝小さくする〟か……」


 かたわらでそれを聞いていたマイエル警視が、バンデーラに無線機トランシーバを示して決断を促す。


「……狙撃準備はもうできてる。あとは命令するだけだ」


 バンデーラは首を回してバスを見た。

 車窓には窓の外を向いた人質が両手を上げ、ずらりと並んでいる。

 この状態で人質を避けての狙撃は困難だ。


 首を戻したバンデーラは、ラッピンの〝決断を促す目線〟に正面から向き合うことになった。

 バンデーラは思案の表情を浮かべはしたものの、小さく首を振って、〝GO〟の下命をしなかった。

 代わりにマイエル警視を向いて言う。


「バスと繋いで――」


 警視から無線機を手渡されると、ついに姿を現さない交渉人ネゴシエータに代わり自らそれを耳に当てた。

 最初にバスの運転手のアンシェラ・ヘリュックに呼びかけ、犯人の一人に替わるよう指示する。

 ほどなくして、無線機越しの息遣いが変わった。


「こんにちは、どうも。私はPSIのジェンマ・バンデーラ――」


 無線機に何の反応もない。

 バンデーラは教本マニュアルの通りに進めることにした。

 自分の姿がバスから見えるように、ゆっくりとした足取りで、一人で進み出る。


「最初にことわっておく必要がある。私は責任者じゃない。あなた達との交渉にあたって、決定権は持たされてない。……ただ、あなた達の要求はしかるべきところへ正しく届ける、そういう役回りにすぎないわ」


 ここまで、やはり反応はない。

 話題を〝実務的〟ものへと変えてみる。


「いいわ。何か緊急に必要なものは? 薬とか、飲み物とか」


 やはり反応はなかった。


 なら、次の手…――


「口を利きたくないのなら、それでいい。なら、私の話を聞いて頂戴――」


 バンデーラは、慎重に切り出した。


「――あなた達の不平不満が何であろうと、子供達には、関係ないはず。せめて子供だけでも、解放してもらえないかしら」



 やはり返事はない。

 すぐ近くで聞いていたベアタは、緊張で喉がになった。

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