第13話


 〝二つ目の事件〟の標的は乗客満載のバスだった。アールーズにほど近い市中のアップタウンで路線バスがハイジャックされたのだ。

 現場となったスアーナ街区スクェアのY字交差点はすでに封鎖が完了し、市警の車両と人員とが、交差点の導流帯指示標示ゼブラゾーンの上に停車している前中二扉型低床バスを〝十重とえ二十重はたえ〟に囲んでいた。


 一報を受けてから移送中の車を回して現着したバンデーラは、先ずは状況を確かめようと車を降り、くだんのバスを視界に収めるため交差点へと向かった。途中、市警の諸隊を陣頭指揮するマイエル警視の報告を受ける。


「犯人は武装した3人組で現在いまも車内にいる」

「何か要求は?」

「それが何も言ってこない。閉じこもったきりだ」

「わかりました。……バスの無線があるはずです。周波数を照会してください。話してみます」

「わかった」


 マイエル警視は簡潔に了解すると、都市交通局との連携や諸隊の行動に関する指示をするため部下を集め、その場に足を止めた。

 バンデーラは足を止めず、バスのいる交差点の方へと進む。


「サンデルス、無線機をお願い」

「はい…――」

 サンデルスが、携帯電話を繋いだ支局とのやり取りの合い間に、頷いて返した。

交渉人ネゴシエータがこちらに向かってます」


 60メートルほど先のバスを視界に収めると、採光面の大きな車窓には、人質として拘束された乗客が、両手を上げ、窓の外を向いて並ばされていた。


 バンデーラはサンデルスを振り見やり、次の指示を与える。


「バスの中の様子を知りたい。中の音を聴けるようにして」


 サンデルスは了解の意を片手を上げて示すと、現場を取り仕切るマイエル警視のもとへと戻っていった。現場に展開している市警から、指向性集音マイク(※ここフェルタではレーザーマイクロホンは二重太陽の悪影響を大きく受けて費用対効果が悪く、普及していない)を借り受けたいと切り出すためだ。

 先ほど携帯型ハンディタイプの無線機を借り出したばかりだというのに。



 そうした中、一人の巡査部長が近づいてきて、展開中の警官隊から拾い上げてきた状況を伝えてきた。


「捜査官、バスには子供が6人乗っています」


 バンデーラは内心で大きく溜息を吐いたのだったが、口に出しては不敵に見せて返した。


「交渉のになるわね」



 退避勧告の出された周辺の建物からは、警官の誘導で、住民の阻止線の外側への退去が完了しつあった。数組の狙撃班も展開を終えつつある。


 バンデーラは、防弾ベストを取りに、多目的車両SUVに取って返した。

 その姿を認めるや、多目的車両SUVの後席から、さっそくラッピンが状況を質してきた。


「何があったの、ジェンマ?」


 バンデーラはそれには応えず、後部リアゲートの方へと回りに、後席のドアに出ていたベアタに言った。


「彼女を阻止ラインの外へ」


 ドアを開けたベアタに車外へ引き出されたラッピンは、足を止めバンデーラを向く。


「また人質事件が起きたのね? ――…ね、答えて!」

 荷室ラゲッジから〈PSI〉と入ったベストを引っ張り出しつつ、バンデーラもラッピンを向く。


「自分は答えないのに、ずいぶんと勝手ね」

「あの連中は、今度は〝本気〟よ」


 険のある表情かおで言ったバンデーラに、ラッピンも怒ったような声音で応じた。

 バンデーラは、装着し終えたベストの具合を自己点検する手を止めずに問い質す。


「なぜわかるのかしら? アールーズにもテロ分子が?」


 ラッピンはほんの一瞬だけ〝答えるべきかどうか〟を考えたようだったが、結局、肯いた。


「……いるわ」


 バンデーラは肯いて返して、そうして質問を重ねる。


「青のペンキは警告ね?」


 ラッピンはイライラとした表情になって応じた。


「ええ、今度は本当に吹き飛ぶわ」

「なぜ今度は〝本当〟と言い切れるのかしら?」

「それは〝言えない〟」


 ――〝バン〟!

 バンデーラは後部リアゲートを乱暴に閉めた。


「じゃあ黙っていて」


 言い捨て、再びバスの方へと歩き出したバンデーラの背中に、ラッピンがもう一度、質す。


「彼らからの〝具体的な要求〟はない。そうなんでしょう?」


 背中越しにそれを聞いたバンデーラは、立ち止まってラッピンに向き直った。

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