第7話


「そう、処世術!」


 処世術…――それは〝サンデルス〟の家名を持つ者が生きていく上で〝空気を吸うのと同じ〟くらい自然に出来ねばならないことだった。


 サンデルスは、好戦的となったベアタの視線を意に介さず、投げかけられた指弾の言葉をあっさり肯定すると、少しばかり乱暴に車を出した。


「別に大したことじゃないだろう? ――それで〝めんどう〟だと思われないで済む」

「息苦しくないですか? そういう生き方」


 ベアタの大げさな溜息に、サンデルスはサングラスの下の口元を歪めただけで返答とした。


 対番とはいえ年長としうえの同僚に対してベアタのこの態度はあけすけに過ぎたが、それを咎めなかったのは、サンデルス自身、確かに〝息苦しさ〟を感じていたからだ。

 彼女が時折見せる、この率直さが羨ましくもあった。


 まぁ、つまり、〝サンデルスの家名〟を持つ者にも遠慮がなく対等に接してくれる彼女のような存在は希少なのだ。ここアイブリーというくにの中では。



 一応、彼女の名誉のために補足しておく。

 これで彼女は頭の良い女性で(……実際、アイブリーの最高学府〈アイブリー大学ギムレー校〉にしている)、上司に一々食って掛かったり、先輩の相方に横柄に接したりするようなことは普段はしない。

 こういうふうになるのは、サローノが絡んでくるようなときだけだということを。



 ベアタがもうそれ以上口を開かないので、サンデルスは運転に集中することにした。





 グランド・サウス駅の鉄道警察分駐所に着くと、さっそく取調室に案内され、挨拶もそこそこ手荷物検査の経緯や持ち主の身元情報などの説明を受けると、検査担当の若い鉄道警察官から小さな旅行バッグ(……手荷物)を見せられた。


「――…二重底になっていて、中にはこれが」


 バッグの底には、何種類かの小額面のフェルタCrクレジット紙幣がびっしりと敷き詰められている。

 興奮気味の若い声が続けた。


「全部小額紙幣だし〝これは〟って思いました。――テロリストの注意喚起のこともあったし、知らせた方がいいと思って、すぐに電話したんです」


 そんな上気している若い鉄道警察官に、ベアタは無表情に思う。


 ――このオトコは出世するわ……。



「……何か〝違法行為〟は?」


 サンデルスが事務的な口調で訊いた。

 鉄道警察官は、残念そうな声音になって答えた。


「いえ。〝持込制限額〟には20FCrクレジット足りません」


 それを聞いたサンデルスが、自分の札入れから20FCrをバッグへと放った。

 見たくないものを見たような気になったベアタは、〝ミラー〟マジックミラーで仕切られた隣の取調室へと視線を遣った。


 そこには手荷物の持ち主――名はルカ・レーリオ――が、口調は慇懃だが同じことを幾度となくただしてくる、粘着質といっていい仕事熱心な取調官からの追及を受けていた。

 まだ若い。隣の若い鉄道警察官と同世代の男だった。

 くだんの紙幣について出どころを訊かれていたが、その様子から彼の困惑と怯えが見て取れた。


 ――?


 ベアタは、レーリオの首筋に〝何か〟の痕を見止めた。火傷だろうか。一つや二つではない。

 すると横から、鉄道警察官の彼が〝感じのいい笑顔〟を浮かべて合いの手を入れてきた。


「拷問ですよ」


 ジュ……と、タバコを押し付けるジェスチャーをしてみせる。


「あいつら、身内同士でヤり合ってる」


 そうして顔を顰めてみせた彼は、頼まれたわけでもない解説をすると、あとはミラーの向こう側のサローノ人を蔑むように笑ったのだった。

 彼らアイブリー人にとって、サローノ人への理解とは、そういうものなのだった。



 ベアタが、この男が早く隣からいなくなればいいのに、と思い始めたときだった。


「よし、――釈放だ」


 PSI支部経由の電話でバンデーラ班長の指示を仰いでいたサンデルスが、話を終えた受話器を戻して声を上げた。

 それを聞いた鉄道警察官が、え、と顔を向いて不服そうな声を上げる。


「釈放ですか。でも――」


 サンデルスは片手を上げて遮ると、もうそれ以上彼にしゃべらせずに相棒の方を向いた。バンデーラからの指示を伝える。


「――〝泳がせる〟。ここからはうちPSIの領分だ」

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