第5話
アビレーの港湾に面した駐車場に止めた車のドアを押し開けたバンデーラを、連絡船を移した桟橋への導線上に立ったマニャーニが出迎えた。
互いのサングラスで目元は見えないが、彼が不機嫌なことはすぐに知れた。
だからバンデーラは、マニャーニが口を開くより先にもう、状況を訊いていた。
「それで?」
「現場を仕切り始めてます。ハッチンソンがやりにくいと…――」
「――
口から漏れ出たボヤキを遮られる形となったマニャーニが、肩をすくめて応じる。……ハッチンソンは科学分析班の
「……そのようです」
要求はしてきてもこちらからの問いかけには〝
ふん、と鼻を鳴らしたバンデーラは、マニャーニを従え、利用客を遠ざけた桟橋へと入っていく。
「彼女ね?」
「……です」
マニャーニの返答を待つこともなく、バンデーラはタラップの上の女に近付いて行った。
最初の一言を投げかける。
「どうも」
ソバージュの黒髪の下の鼻筋の通った整った顔が、あら、というふうにバンデーラを向く。
「ジェンマ・バンデーラ
バンデーラは握手を求めずに自己紹介をし、単刀直入に素姓を質した。
その好意的でない物言いに何かを感じ取ったのか、女は柔らかい笑みを浮かべてみせ、右手を差し出してきた。
「IICから派遣されたジーン・ラッピンよ、よろしく。
言葉尻に滲んだ嫌味に反応することなく、バンデーラも差し出された右手を握り返す。
――IICから派遣ですって? よく言う……。
バンデーラは、ジーン・ラッピンの黒曜石を思わせる瞳を真っ直ぐ見返した。
「私の船に何の用?」
「あら、私たちは〝同じチーム〟のはずよ」
「その〝同じチーム〟というのは
「難しい質問……ちょっと答えられないわ」
取り付く島もないとばかりに、ラッピンは肩をすくめてみせた。
そして、物腰は穏やかながら、もうこれ以上の会話の必要はないわね、といった表情で踵を返そうとする。代表府直轄の権威を笠に着るIISOのいつものやり口だ。
バンデーラは、ラッピンの視線が外れるよりも先に一歩距離を詰め、はっきりと申し伝えた。
「ジーンと言ったわね。私のオフィスに部局間の
ラッピンの形の良い眉の片方が微妙に上がった。
それでバンデーラは、彼女に正規の手続きに従う
バンデーラは胸の前で両腕を組んで続けた。
「――でなければこれ以上〝現場〟をかき回す前に、ここから出て行ってちょうだい。
「ちょっと、そんな〝言い方〟はないわ」
遅ればせながらラッピンは、首を小さく振って〝敵意はないわ〟と笑顔を作って見せた。
だがバンデーラはその懐柔に乗ることなく、〝どうぞお引き取りを〟と、言葉にせずに表情で伝えた。
ほんの数秒、無言で対峙した二人だったが、周囲の〝
ラッピンは、〝いいわ、ここはいったん引き下がる〟と硬い笑みを浮かべると、周囲の
その背を見送りながら、バンデーラは側らのマニャーニに低く言った。
「……後を尾けて」
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