第4話


「それはそうね」


 〝FLAない〟というマズリエの分析官としての見立てに、ジェンマ・バンデーラ班長は肯いた。

 FLAのような分離独立主義者は無差別テロを辞さないが、同時に、〝ペンキ爆弾による威嚇〟などという戦果の伴わない戦術はとらない。


「パウラ、これまでの情報をまとめて、今日中に事件に関係しそうな組織と個人をピックアップしてちょうだい。――…ベアタ、パウラに協力してデータバンクを当たって」


 パウラが小さく手を上げて首肯し、ベアタが「了解」と応じたのを皮切りに、バンデーラは部下に次々と指示――ペンキの検査と大量購入者のチェック、被害者からの事情聴取と現場の聞き込み等々――を与えていった。


「ジェンマ、事件の調査で週末を犠牲にするのは厭わないがね」


 その隣から、チームの古株のトゥイガーが両腕を広げてみせた。


「……疑問なのは、はたしてが、われわれ公安調査部PSI事件ヤマかということだ。ただペンキをぶちまけただけだろ?」


 そのユーモア溢れる表情と口調にメンバーの大半が口元を綻ばす。これにはバンデーラも苦笑いとなった。


 そんな場の笑いが収まるのを待って、ベアタが挙手をして発言を求めた。


「気になることが。……確かに爆弾はちょっと調べれば誰にでも作れます。でも――」 ここでいったん言葉を切ってメンバーを見渡す。

「この犯人は我々の対応時間を知っていました。わたしたち〝先乗り〟が到着する寸前に姿を消してます」


 それでメンバーの表情が改まった。〝ルーキーの1ポイント〟だ。サンデルスが小さく頷く。


 と、ここでオフィスに機械音が鳴った。

 音のする方に意識を向けると、FAX端末――FAX! 27世紀の御代に、ここフェルタではFAXが普通に使われている! …――が動き出している。


 反応しかけたベアタ(……電話・FAXの対応はルーキー新米の仕事だ)をサンデルスが片手で制した。デスクの端を回り、FAXまで足を運んで行って排出トレーをあらためる。

 文面を見たサンデルスは顎を引き、チームの輪の中に戻ってきてバンデーラに用紙を渡した。

 用紙には、定規を当てて引いたと思しき字でこうあった――。


 〝 釈 放 し ろ 〟


「釈放…――」

 バンデーラ班長は眉を顰めた。

「誰を……いったい誰を釈放しろと」


 それから用紙をチームで回覧するよう促し隣のトゥイガーに渡す。トゥイガーは文面を一瞥すると隣に回した。

 そうしてメンバー全員がそれに目を通すと、次々と疑問や所見を口にし出す。


「犯人はのFAXの番号を知ってるってことか」

「釈放って……つまりこれが〝要求〟?」

「……ってことは、次あるってことさ」


 バンデーラは、一頻り自由に発言させると、場がサークルクラブ活動のようになる前に頃合いを計って掌を叩き、チームの意識を自分に向けさせた。


「これでこの事件ヤマ我々ウチのものだということがはっきりしたわね。それじゃ、サッサと仕事に取り掛かって」


 そうして〝普段と変わらぬこと〟だというポーズをとって、部下に仕事に取り掛かるようけしかけたのだった。

 エコーチームの面々は、それぞれ仕事に散っていった。




 2時間後――。

 バンデーラは、現場に検証にやったマニャーニから連絡を受け、自ら埠頭地区へと車を走らせていた。


 マニャーニの報告によれば、連絡船を移して分析調査をしている桟橋に〝政府のバッジ〟をチラつかせた女が現れて、船を調べているとのことだった。

 爆発物の特徴と検出した指紋のコピーを要求しているとか。


 ――いったい何様かしらね。


 準州代表府の〝直轄組織〟の権限を持ち出した〝ゴリ押し〟にマニャーニがを上げたというわけだが、公安調査部PSIとして「はい、わかりました」と折れてやるいわれはない。


 それに〝他人の家に土足で上がる〟という不躾ぶしつけなことをする女の顔を、目で見てやりたいとも思った。

 そんなわけで、バンデーラは自らハンドルを握り、今朝の騒ぎの現場へと車を走らせている。

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