第3話


 ベアタ・ヌヴォラーリとラフ・サンデルスのふたりの特別捜査官は、シティプラザビルのPSI支部に取って返すと、他のエコーチームのメンバーと共にバンデーラ班長のデスクに集められて説明を聞くこととなった。


 連絡船のキャビンで爆発したのは殺傷力のない〝ペンキ爆弾〟で、乗客は青いペンキを頭から被るという災難に見舞われたものの怪我人は無し、とのことだった。


 船内の乗客乗員の中に犯行に係わったと思しき者は居らず、爆弾は直前に持ち込まれ犯人はアースポート側の埠頭地区で降りたものと思われる。

 アースポートは地球連邦の直轄地でアイブリーの警察権は及ばない。準州政府を通し捜査協力の依頼を出すことになる。そうすれば、何らかの情報が送られてくるだろう。


 一通りの顛末と状況とを説明し終えると、バンデーラはデスクの上の端末を操作し、音声データを再生して聞かせた。事件直後にアビレー市内の大手メディアのオフィスに掛かってきたものの録音コピーだ。


『〝――…これは最初で最後の警告だ

 要求に応じるよう期待する

 交渉は一切なしだ

 以後こちらから連絡もしない……以上だ〟』


 変声機ボイスチェンジャーを通した〝くぐもった〟声は、一方的にそれだけ言って切れた。

 再生が終わるや、チームで最年少のベアタが口を開いた。


「この〝要求〟というのは?」

「わからない」


 部局内外の情報調整を担当しているセシリアは肩をすくめた。

 ベテランのトゥイガー捜査官が同僚の顔を見渡した。


「誰か何か聞いてないか?」

じゃあないですか?」

「愉快犯?」


 ベアタの次にルーキー新米のパウラ・ファンデルヘルストが、多少うんざりとした気分を滲ませて言うと、彼女と同期のサンデルスが調子を合わせて訊き質した。


「悪い冗談だ」


 黒い肌のマズリエ分析官が、憮然とした表情でそれに同調する。

 ここで班長のバンデーラが声を上げた。


「手掛かりは次の通り――〝青いペンキ〟と〝変声機を通した犯行声明〟」

「どちらもこれといって〝特別なモノ〟じゃあない。ペンキも変声機も通販で手に入る」


 すでに事件への興味が失せたのか、すっかり醒めた表情かおとなったマズリエに、ベアタが食い下がった。


「でも、〝ペンキ爆弾〟は買えません」


 マズリエは、といった目線をルーキーに向ける。

 バンデーラ班長は〝切り口〟を変えることにし、チームの分析官を再び見やった。


「メッセージは〝過激派口調〟……左翼かしらね」

「手口が違う」 マズリエは即座に否定した。「〝らしく〟ない」


 このところアイブリーでも頻発しているテロ事件は、地球経済の優越 (実質的な地球を宗主国とする植民地支配)を是認する現政権への不満がこうじたものか、あるいは、〝地球の植民地支配からの離脱〟を叫ぶ分離独立派による凶行、といったものが大半である。


 バンデーラはより捜査範囲の小さな方の〝公算見込み〟を先に口にしたのだったが、マズリエは首をに振った。左翼は対象を特定した〝要人テロ〟を好む。


「〝ファテュ〟の線は?」


 さらに深掘りして確認するバンデーラに、マズリエは、ベアタの方をチラリと見やってから続けた。


「サローノの〝分離主義者〟にユーモアなんてあるもんか。FLAは資金も潤沢でこんな無意味なことはしない」


 ファテュ解放軍FLAとは、隣接するサローノ準州ファテュ郡で組織された〝武装闘争による地球連邦からの分離独立〟を唱える過激組織である。



 2687 (9年前)、フェルタ独立を求める分離主義勢力と地球連邦の治世を受け入れる現体制派との対立がファテュにおいて表面化した。急進派住民による住民集会が強行されると、サローノ政府ひいては地球連邦からの如何なる指示にも従わないことが決議され、独自の「人民市長」が選出される。これが発端となった。


 ’89年、サローノの準州政府はファテュ郡の自治権を停止、治安維持を名目に武装部隊を進駐させる。

 反発した分離主義勢力がFLAを組織しサローノ治安部隊と内戦状態となると、地球連邦とともにサローノ政府を支援するアイブリーにもFLAのシンパが流入するようになった。

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