第2話
やはりレーク通りに入ってからも渋滞は解消されず、赤青灯の威光もいよいよ通用しなくなって、サイレンに車線を譲ろうと右往左往する車の合い間を縫うことになった。
サンデルスがアクセルを緩めざるを得なくなると、助手席からベアタ・ヌヴォラーリは車載電話に手を伸ばした。
アビレー市警本部に繋ぎ、現場の封鎖を担当している指揮者を呼び出してもらう。
現場が呼び出しに応えてくれるという奇跡が起こったので、ベアタは状況を訊いた。
「
『――…こちらはアビレー市警のビットナー警部。現場の封鎖は完了。連絡船は桟橋に接岸して停止、係留はなされていない。乗客は船内に拘留、安否不明。狙撃班を展開中。民間人とマスコミは遠ざけた』
応対したのは年配の男性だった。
最前線で指揮を執っているのだろう。時折、現場の緊迫したやり取りなどをマイクが拾って届けてくる。
運転席からサンデルスが会話を要求してきた。
ベアタは受話器を彼の耳元へと向ける。
サンデルスは、ハンドルから左手を離し、ベアタの手から受話器を奪うようにして自分で耳に当てた。
「――…ラフ・サンデルス特別捜査官です。犯人との接触は?」
『サンデルス?』
サンデルスの名を耳にするや、警部の口調が改まった。
『というと、もしかして、
「――私は
そんな警部にサンデルスは付き合わず、本来の仕事に戻るよう丁重に促すのだったが、いっぽうで運転の方は、クラクションの鳴らし方が荒々しくなっていった。
警部の口調は戻りはしなかったが、兎にも角にも業務には戻ってくれた。
『……13分前に〝船に爆弾を仕掛けた〟〝乗客を降ろそうとすれば爆破する〟と伝えてきた後は、だんまりです。〝サー〟』
目新しい情報は何もない。
サンデルスは口元から受話器を遠ざけると、苛ついた溜息を漏らした。
ベアタが視線を逸らしたので、サングラス越しに「なに?」といった視線を彼女に放る。
サングラスをずらした彼女が、〝同情します〟という
サンデルスは受話器をベアタに押し付けるようにして返すと、視線をハンドルの先に戻して独り言ちた。
「……僕が〝あの家〟を選んで生まれてきたわけじゃないぞ」
車はサイレンを〝笠に〟強引に進入した交差点を左折すると、連絡船の桟橋のある埠頭地区へと伸びるロタ通りを向いた。
乱暴な運転に、助手席のベアタは咄嗟にアシストグリップに手を伸ばす。
真っ直ぐに伸びた主要通りの先の埠頭地区、その先に広がるアビレー湾の沖合に浮かぶアースポートから〝どこまでも天へと昇ってゆく〟数条の〈テザー〉――軌道エレベーターのケーブル――が視界の中に入ってきた。
それは〝地球による支配〟の象徴だ。
そのとき電話が、慌ただしくなる現場の〝空気感〟を伝えてきた。
「警部? いったい何が?」
『爆発物処理班とSWATとで船体周りの確認を始めた』
「船体の確認……?」
ベアタは形の良い眉根を寄せ、側らのサンデルスを見た。対番はアクセルを踏み込みながら、口元で〝続けろ〟と応じる。
「警部、
『……まだ到着してない』
〝嫌な予感〟めいた感覚にベアタが捕らわれた次の瞬間、受話器のスピーカー越しに乾いた破裂音が聞こえた。
現場に展開した処理班員から警部のモニターに届けられた音声を拾ったものだろうか。それは解像感の乏しい音だったにも係わらず
サンデルスは、ベアタの手から再び受話器をもぎ取り、しっかりと耳元に当てた。
数十秒後――。
「なに⁉」
混乱する現場の報告を一通り聞き終えると、サンデルスが最後に念押しで確認する。
「――怪我人はいない?」
サンデルスはアクセルを緩めると、サングラスの下の口元に〝訳が分からない〟という
ベアタもまた全く同じ口元になって、前方に視線を戻した彼の横顔を見返した。
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