第10話 周辺諸国
フレーデン王国はガルト半島の中央に位置する。西側は海に面し、いくつかの港があり、交易も盛んであった。
気候的には温暖ながら、冬には南にあるマーラカラステ山脈からの強風で冷え込み、尚且つ、積雪となることが多い。
東にはヴァルトリン帝国。南には山脈を挟んでグラッカラス共和国がある。
かつては半島を支配し、他にも領土のあったヴァルトリン帝国ではあったが、200年の間に弱体化し、100年前にフレーデン王国も独立をしている。それでも大きな領土を持つ、帝国は脅威であり、尚且つ、交易相手としても不可欠な存在であった。
そして、現在、世界を悩ませているのが民主化革命であった。
中世まで続いてきた王政は腐敗し、民を苦しめていた。特にガルト半島の西側に集まる小国の間では経済的な困窮が民の不満を高め、民主化へと加速を始めていた。
最初に民主化革命が起きたのは半島の南端にあるカルカッソ王国であった。
王国は幾度かの飢饉と疫病で疲弊し、経済が混乱していた。人々はいつ終わるとも知れぬ貧困に疲労困憊であった。人々が他国へと流出する事態に陥り、国は国民に対して、移動禁止などの命令を次々と出す事態になる。
圧政に民は憤りを感じ、民による暴動が国中で起きた。
王は軍を動かし、暴動を鎮圧に掛かった。
だが、それが民の怒りを更に爆発させ、革命運動へと至る。軍の一部もそれに参加した事で、成功へと至った。
王族は全て断頭台に掛けられ、貴族の殆どが死刑、または国外追放となった。
この流れは他国にも飛び火し、革命、またはクーデターが相次いだ。
必ずしも革命は成功するわけでは無かったが、それでも一度、起きれば、国内に大きな損害が発生し、例え、抑え込んでも、社会に大きな歪が残る。王政は終わりを迎えるしかなかった。
そもそも、民主化革命を裏で糸を引いているのがグラッカラス共和国であると推測されていた。グラッカラス共和国は穏健に民主化を果たした国家であり、彼らは王政や独裁に対して、否定的な立場を取っていた。
その矛先は当然ながら、ヴァルトリン帝国であり、フレーデン王国にも向けられる。経済的にも軍事的にもこの三国は同等であり、科学力ではグラッカラス共和国に分があるが、帝国と王国と同時に対峙する形となれば、大きく不利になるのは間違いがなかった。
その為、グラッカラス共和国は不安定な政情にある半島や大陸の小国群に工作をしているとされていた。
これらはフレーデン王国の諜報機関の調査結果であり、現在、小国群においては各国の諜報機関の暗躍が激化していた。
小国フェナン公国の首都テルミン市。
街角のパン屋には一人の少女が売り子をしていた。
彼女は屈託ない笑顔で焼き立てのパンを売る。
そこに一人の紳士がパンを買い求める。
「サンドイッチをくれ」
少女は手際よくサンドイッチを紙袋に入れて、金と引き換えに渡す。
紙幣の間には紙切れが入っている。そこには乱数が記されていた。
それを一瞥した少女は店の奥へと入る。
厨房を抜けるとロッカールームがある。
ロッカーだけが並ぶ小さな小部屋だが、彼女は片隅にある机の前に座る。
電灯を点け、手渡されたメモを読んだ。
「地方都市のエナ市にて、革命の炎が上がる。勢力は3千人以上に上り、鎮圧は難しく、革命が成功する可能性がある」
暗号を解読した少女はそれを更に何でもないような平文の手紙に置き換えてから新たな暗号文にして、手紙を用意した。
手紙は大抵、その国の郵政組織が扱う。その為、手紙の殆どは検閲されていると考えるべきだった。
たかだかパン屋の娘が他国に向けて送った手紙と言えども検閲される。
その為、あからさまな暗号文など入れられない。その為、誰が見ても、不審に思わないような文章になる暗号文を作るのであった。
彼女は元々、フレーデン王国民であり、ヴァルキリーであった。
ヴァルキリーの中には諜報活動に従事する者が少数、存在する。
彼女達はコードネーム、フェアリーと呼ばれ、国内外で諜報活動をしている。
王国の直轄の諜報員ではなく、あくまでも姫様の諜報員であった。
古くは宮殿から出歩く事が出来ない女性王族が外の様子を伺う為にメイドから話を聞く事から始まったと言われる。
諜報活動の為に特殊な訓練を受けた彼女達は情報を手に入れる為にこうして、身分を隠して、活動をしている。
民主化の波は着実に広がり、市民は現状よりも王政そのものに対して懐疑的になっている。それはフレーデン王国でも同じであった。
王国の会議では常に議題に上がる。
だが、議会に一般市民から選ばれた者を参加させるなど、案は出されるが、自らの利権を脅かされる事を不安視する貴族の反対で大抵は潰える。
民主化の壁の一つはこうした貴族の抵抗もあった。
完全、民主化に移行すれば、当然ながら、王族、貴族は今、手にしている利権を失う可能性が高い。個人差はあるが、没落する可能性は高いのだ。
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