第9話 視察
メアリ達が戦車の操縦に四苦八苦している中、宮殿内では会議が行われていた。
お茶会とされるその会議には宮殿の主であるアニエスが座長を務める。
当然ながら、ハウスキーパーから各メイド職の長とヴァルキリーからは総長と近衛侍女隊の隊長、宮殿警備隊隊長、警務侍女長が出席をする。
メイドである彼女達が主と同じテーブルに着けるのはこの時だけであり、彼女達にもお茶と菓子が振舞われる。
お茶会の様相を呈しているが、宮殿運営の為の重要な会議であり、全員が緊張をしている。何か問題があれば、ここで糾弾され、場合によっては即座に処罰の対象とされることも珍しくはないからだ。
特に宮殿内で仕事をするメイド達にとっては、お茶もろくに飲めないような緊張を強いられる事が多い。それは彼女達を指揮するハウスキーパーも同じだ。貴族の子女である彼女と言えども、王族と対等では無く、間近でお茶を飲むとなれば、特別な緊張を強いられる。
「それではお茶会を始めましょうか・・・まずは定例の報告をして頂戴」
定例の報告とは人事異動であったり、問題の有無、予算と費用の報告である。
各部署で作成された資料はすでに姫の手元にあり、彼女はお茶を飲みながら、それらに目を通す。次々と報告が進む中で、姫が疑問を口にすると、それに答える。
大抵は何事も無く済む。報告を終えた順に安堵する姿が見える。
最後の発表となった警務侍女長のファナ女史は侵入者の報告を行う。
侵入者に関しては重大事件であり、進展がある度に報告がなされているが、ここではそれらを纏めた内容が報告される。
「スパイの可能性があると?」
アニエスに問われ、ファナ女史は首肯する。
「現在、捜査は王国警察または外務省調査室に委ねられてます」
ファナの答えにアニエスは納得したように茶を啜る。
「ご苦労。今後も動向を報告してください。それでは茶会を終えましょうか」
アニエスの一言で出席者達は一斉に立ち上がり、深々とお辞儀をして、散って行く。
戦車に乗り出して、1週間程度でメアリ達は戦車をそれなりに操作が出来るようになっていた。
「ようやく行軍が出来るまでにはなったか」
サラは車長用キューポラから上半身を出しながら、全体の出来を確認していた。
サラは立っていた座席から降りて、座る。その足の先にはメアリの頭がある。
戦車の車内は金属板に囲まれ、エンジンや無限軌道、銃声などの音で耳栓無しではすぐに耳がおかしくなるレベルの騒音である。
1号戦車は後発故にこの問題にひとつの答えを出していた。現在、普及しつつある電話の技術を用いて、車内で通話が可能な設備が設置されているのだ。車長と運転手はヘッドフォンを着け、ネックレスように首に提げたマイクロフォンで会話をすることが出きるのだ。ヘッドフォンのお陰で、騒音は概ね、耳に入らない上に、雑音混じりだが、意志疎通はかなりはっきりと聞こえる。だが、それでも意志疎通が取れなくなった時の為、車長が運転手に指示を与える場合は足で頭や肩を叩いて、伝えることも訓練された。
これらの訓練が徹底的に行われ、彼女達は1ヶ月という短期間で、何とか、車列を維持して、行軍する事が可能なレベルになった。
アニエスの戦車小隊の視察が決まり、部隊は更に慌ただしくなった。
確かに練度は向上しているが、元々、まともなノウハウの無い新型兵器である。すでに完全に故障して、メーカーでの修理を待つだけの不動車となった車両もあり、部隊運営はままならなない状況であった。
それでも王女の視察となれば、無様な姿を見せる事は出来ず、猛特訓という形で休日返上で行われた。
昼下がりの駐屯地野外訓練場。
多くのヴァルキリーが整列をして、日傘の下に佇む王女の姿を見ている。
その中で、エンジン音が響き渡る。
「微速前進」
細かなアクセルワークとクラッチワークが要求される。
メアリは丁寧にアクセルを踏みながら、クラッチを繋ぐ。
戦車はゆっくりと起動輪を回し、キャタピラを動かし始める。
この動きに後続の戦車も合わせる。発進と速度を合わせないと、車間がすぐに合わなくなる。
だが、縦に並んだ7台の戦車は見事に同じように進んだ。
立派に行軍が出来たのである。
その光景にアニエスは拍手を送る。
一連の訓練を終えて、視察を終えたアニエスの元にサラが訪れる。
「姫様、御視察、ありがとうございます。まだ、未熟であります」
その言葉にアニエスは笑顔で返す。
「いえ。この短期間で新型兵器をここまで扱えるようなっている事、とても素晴らしい。戦車は今後の戦場では花形になる兵器と目されるとか。ぜひとも、ヴァルキリーにおいても活躍をして欲しいものです」
「ありがたき言葉。隊長として、より研鑽に励む所存です」
サラは深く一礼をして、後退る。
戦車の横に立つメアリも緊張していた。
失敗すれば、下手をすれば、処刑されるんじゃないかとさえ、思い、怯えている。
実際、そんな事は行われたことはないが、平民が抱く、王族、貴族とはそのようなことも平然と行える存在なのである。
アニエスは並べられた戦車を見て、気付く。
「なぜ、あの者だけ、メイド服なの?」
アニエスが指摘したのはメアリであった。サラは少し困惑したように答える。
「は、はい。あの者はかなり小柄でして、合う乗馬服がありませんでした」
「なるほど。メイド服で問題は?」
「彼女に関しては無いように思います」
「わかった。あなたの部下として、とても有能だと思う。これを与える」
アニエスは傍らに居たメイドに指示をする。彼女はすぐに箱を持ち出し、サラに手渡す。
「ありがとうございます」
サラは中を確認することなく、受け取り、部隊へと戻った。
視察が終わり、サラはメアリを自室に呼び出す。緊張した面持ちでメアリはサラの部屋へと訪れた。
「メアリ初等侍女。参りました」
「ご苦労。入れ」
サラの自室は小綺麗にされ、香水の薫りがした。
メアリは緊張した面持ちで、椅子に腰かけるサラの前に立つ。
「そこに掛けろ」
命じられて、メアリは応接セットの椅子に座る。机の上には木箱が置かれていた。
「それを開けろ」
言われて、メアリは木箱の蓋を開く。
中には金色の装飾が施された大型自動拳銃が入っている。
「これは?」
「アニエス王女がお前に与えられた」
「私にですか?」
「どうやら、前からお前を買っていたようだ。これも初めから用意してあったように思う。予備弾倉は5個。安全装置と一緒になったセレクターで、機関銃のように連射も可能になる代物らしい。万が一、戦車が動かなくなった時に有用だな」
1号戦車は狭すぎて、小銃どころか、短機関銃さえ、置く場所が無かった。
「しかし、大きすぎて、ホルスターに居れても腰に真横にして装着するしか…」
「それではいかんのか?」
「こんな固くて大きいのが腰にあったら、まともに座れませんよ」
「だったら、腹に回せば良いだろう」
「なるほど・・・確かに腹に回せば、座ったりするのに問題ありませんね」
「姫からいただいた代物だ。常に持ち歩け、失くしたら死刑だぞ」
サラは笑って言うが、メアリは顔を真っ青にした。
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