第5話 乗馬隊

 ヴァルキリーの中でも服装が特徴的な部隊に乗馬隊がある。

 馬に跨る為、メイド服では無く、紺色の乗馬服を着用する部隊である。

 無論、エプロンの着用も無く、男装に近い恰好であった。

 乗馬服を着ることから頭もカチューシャでは無く、軍帽である。陸軍の騎兵と同じ制服姿ではあるが、軍帽には赤い帯がされており、女性王族を示す紋章がある。

 普通のヴァルキリーはショートブーツであるのに対し、彼女達は乗馬用ブーツである。靴底に鋲が打たれているブーツは宮殿内では独特のカチンカチンとした足音を立てる。

 乗馬隊はサーベルなどは不要で全員が拳銃を提げている。この辺りは未だにサーベルを提げる陸軍や騎士団の騎馬隊とは違う。

 拳銃にはランヤードと呼ばれる紐が銃把の底に装着されており、それを肩から提げている。これで拳銃の落下を防いでいる。

 彼女達は騎兵であるが、自動車が普及すると馬だけじゃなく、自動車の運用も行うようになった。因みに彼女達と馬車隊は馬の世話も自動車の整備も行う。これは元々、限られた人員で構成されたヴァルキリー故である。

 

 週に二度ある王族が王城に集まる日の朝、乗馬隊の自動車班は忙しくなる。

 朝一番で王族が使用する大型乗用車の整備から始まる。

 トライゼント国に本社があるバッハ社製、空冷直列10気筒ガソリンエンジン搭載6人乗り乗用車ヴァイロンを予備も含めて2台。出発前までに完全な整備と清掃を行う。

 10人掛かりで整備が行われ、ピカピカに磨かれた乗用車が宮殿へと回される。

 乗用車には運転手と助手が乗り込むが、彼女達は一切の武器を所持しない。女性王族の移動を担当するヴァルキリーの伝統である。

 ヴァイロンは運転席側と客室側は隔壁で隔離される構造となり、客室は前後で向かい合わせの座席となっている。

 通常、客室には女性王族一人と世話係のレディースメイド一人、護衛のヴァルキリー2人が乗り込む。

 護衛のヴァルキリーは普段とは違い、メイドとまったく同じ格好をする。違うのはカチューシャに赤い薔薇の刺繍があるぐらい。ただし、防弾仕様の旅行鞄を持ち、襲撃を受けた時にはそれを盾にして女性王族を守る。旅行鞄の中には45口径のダブルアクション式の大型回転式拳銃と予備弾薬が入っている。

 宮殿の車寄せに3台の乗用車が停車する。

 ヴァイロンを挟むように中型の乗用車が用意されている。こちらにはヴァルキリーが運転手も含めて4人づつが乗る。この時の乗馬隊の運転手は拳銃を携帯している。

 中型の乗用車は護衛車両と呼ばれ、乗り込むヴァルキリーは近衛侍女であり、鉄帽を被り、短機関銃を携え、完全武装の状態である。

 これらとは別に先導車両として、自動二輪車が二台、先行して走る。こちらは乗馬隊のヴァルキリーが乗るが、拳銃と騎兵銃の携帯である。

 これが通常の移動時の車両編成であった。因みに馬車の場合は自動二輪車は馬になり、護衛も屋根無し型の二頭立て馬車に乗り込む。女性王族が乗り込む馬車は4頭立ての屋根有り馬車となる。

 

 アニエスは近衛侍女に囲まれながら、宮殿から出て来る。そして、そのまま、乗用車へと乗り込んだ。

 一緒に乗り込むメイド達とアニエスが楽しく会話を交わす事はまず無い。メイドとしての基本として、身分の違う者との会話は最低限にする事となっているからだ。無論、アニエスから話し掛けられれば、受け答えすべきなのだが、アニエスもそれを心得ているので、不必要に話し掛けたりはしない。

 静かな車内。

 護衛のヴァルキリーは常に窓から外を見渡し、危険が無いかを確認している。アニエスの横に座るメイドはアニエスが必要とする事をすぐに出来るように顔色を伺うだけだ。

 車列は宮殿から丘の麓へと降り、街中を移動して、王城へと向かう。

 王城から宮殿には古より、王族が移動する為の大通りが整備されており、王族の移動時には警察によって、周囲の一般市民の行動は制限される。その為、ビルが立ち並び、近代的な発展をしている地区でありながら、人の姿はあまり無い。

 何事も無く、王城へと車列は到着する。

 城内に入ってしまえば、王城を警護する近衛兵の庇護下に入るので安心であった。

 女性王族の警護は王城内でもヴァルキリーが行う。近衛兵とヴァルキリーでは指揮権においての上下は無く、近衛兵からヴァルキリーが命令を受ける事は無い。無論、必要な指示は受けるが、あくまでも対等な存在であった。

 

 アニエスが車から降りると、王城の駐車場へと車列を回す。乗馬隊の任務は乗用車をいつでも動かせるように待機する事と乗用車が破壊されぬように警備するのが任務となる。交代で車の周囲で立哨する事になる。

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