第4話 近衛侍女

 宮殿侵入事件以後、暫くの間、宮殿内は厳重警戒態勢が敷かれていた。

 姫君も日課であるお茶を東屋では無く、自室で嗜むことになる。

 レディメイドが彼女の身の回りの世話をするが、それ以外に彼女の周りには5人のメイドが立つ。彼女たちはヴァルキリー。その中でも精鋭の近衛侍女である。

 近衛侍女は個人能力が優秀な者が採用される。大抵は格闘技や剣技、射撃などの優秀者となるが、主たる任務は王族の身辺警護である。

 その為、一般のヴァルキリーとは装備が僅かに異なる。近衛侍女は薔薇を徽章とするので、カチューシャや鉄帽には赤い薔薇の刺繍がされる。メイド服の肩には王国の紋章のワッペンが貼られ、腰にはサーベルが提げられる。一般のヴァルキリーだと初等女官か、または分隊長では無いと携帯が許されない拳銃も携帯している。

 近衛侍女は最小の構成が5人一組の班となる。王族の身辺警護も宮殿の門番もこの班毎に行うのが基本であった。

 「退屈だわ」

 アニエスはただ、自室で過ごす事に不満を漏らす。

 元来、女性王族の自由は少ない。殆どを侍女などが付き添い、宮殿以外を出歩く事に関しても王宮の許可が必要なのだ。プライバシーや自由などは一切無いに等しい。それが女性王族の生活であった。

 唯一の自由とも言える宮殿の庭園の散策が出来ないとなれば、不満も募ると言うもの。だからと言って、侍女と友達のような会話をする事はあり得ない。仮にアニエスがそのように接したとしても、侍女達は身分をわきまえ、受け答えする。

 例外と呼べるのはハウスキーパーや一部のヴァルキリーである。彼女達は平民出身は少ない。大抵は貴族の子女だ。その為、普通の侍女と比べれば、アニエスに近い感じで接する事が出来る。だが、彼女達にも仕事があり、いつもアニエスの傍に居るわけじゃなかった。

 「アニエス様、宮殿侵入者の捜査の報告に参りました」

 ファナ女史がそこにやって来た。自分の母親に近い年齢差があるものの、アニエスからすれば、普通に話せる相手がやって来た事に喜びがあった。

 「そう。それで犯人はスパイだったの?」

 興味津々で尋ねてくるアニエスにファナは少し間を置いてから答える。

 「いえ・・・それは捜査中です。ただし、男の出自は不明で不審な点は多く、他国のスパイでる線は濃厚かと」

 「宮殿に侵入した目的は?」

 「捜査中です。ただし、所持してた物が鉈とペンチからして、暗殺や破壊工作と言うよりは情報収集か盗みが目的かと推測しております」

 「こっそり入って、何かを盗み出して、逃げる算段だったと・・・宮殿に簡単に出入りが出来ると思った時点で、頭の悪い方ね」

 アニエスは微笑む。

 「すぐに発見が出来たとは言え、運が悪ければ、宮殿近くまで接近を許した可能性もあります。敷地外の警備の強化を警察に指示すべきかと」

 「そうね。でも、昨今は周辺国の民主化革命などの余波を受けて、我が国でも国民の間で民主化が燻っているらしく、警察はそちらの対応に忙しいと聞くわ」

 「その通りであります。我が国においては王政がしっかりとしており、議会も民衆からの議員も受け入れ、健全に運営がなされております。民主化など不必要であるにも関わらず、国民の間には民主化を叫ぶ者が相次いでおります」

 「まぁ・・・世界的な不況は我が国の経済も悪影響を与え、毎年、失業率も上がっています。我ら貴族も贅沢を慎むべきかとは思いますが」

 アニエスは紅茶を口にする。

 「そのお言葉、痛み入ります」

 その時、モレラ女史が部下を引き連れ、やって来た。

 「これはファナ女史。この間の宮殿侵入者の件ですか?」

 「はい。姫様にご説明を申し上げました」

 「はやく全容を解明していただかないと、非常事態体制が解けません」

 モレラ女史はかなり強い感じに詰め寄る。

 「申し訳ない。現在、警務侍女室、警察共に全力を挙げて解明に力を入れている」

 「そうですか。近衛侍女隊も人員に限りがある。現体制を敷いていられるのもあと1週間程度です」

 「そうですか・・・私が居た頃に比べて、生温くなりましたね」

 ファナ女史は頭こそ、モレラ女史に下げているが、毒づいた。それに対して、モレラ女史も微かに口角が上がったように思えた。

 アニエスは何も知らないような顔で二人を見る。

 彼女は知っている。二人は旧知の間柄で、仲が恐ろしく悪い事も。

 ヴァルキリーの全軍を掌握するモレラ女史とモレラ女史も含めて、王族以外の宮殿関係者の全てを逮捕が可能なファナ女史。どちらが偉いというわけではなかった。モレラ女史の人事権はファナ女史には通用しない。警務侍女室の人事権は王族だけが持つからだ。

 「とにかく・・・あと1週間以内には事件の解決を目指してください。そうしなければ、姫様の安全が脅かされます」

 モレラ女史はそう吐き捨てると部下を引き連れ、帰って行く。それを見ていたアニエスはやれやれと言った感じにファナ女史に言う。

 「まぁ・・・私もいつまでも部屋で引き籠りたくないし、お願いするわ」

 「御意。即座に部下や警察の尻を蹴り飛ばしてきます」

 そう言い残すと、ファナ女史も去って行った。

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