第3話 警務侍女
侵入者の死体は宮殿裏にある侍女待機所に運ばれる。
侍女待機所は軍で言う駐屯地に近い存在であり、敷地だけなら宮殿と同等の広さを持つ。
営舎にはヴァルキリー以外のメイドも住んでいる。
メイドとは言え、千人が越える人がそこに住まえば、犯罪なども起きる。それらを捜査、逮捕するのが警務侍女である。
メイド姿だが、頭のカチューシャには警務を示す太陽の刺繍。胸には太陽の徽章が施された銀色のゴーフレットを提げる。腰には木製の警棒と手縄、回転式拳銃が提げられている。因みにヴァルキリーでも任務以外での武装は一部の者しか許されない。
警務侍女室にある遺体安置所に運び込まれた侵入者の死体はすぐに検死がされた。検視は宮殿医務室の医師が行う。
遺体の衣服、持ち物は並べられ、警務侍女達は捜査を始める。
まずは死体の人物特定であった。
身分を示す物は一切、無かった。外見から、男性、推定年齢30代から50代。小太りながら、筋肉質な体躯から、肉体労働者である可能性が高い。
凶器となった鉈は一般的な道具として、販売されている物で、販売先などを特定する事は難しい。
衣服は平民が普段着、作業着でよく着ている物。着古した感じである。
周辺の探索で、フェンスを切る際に用いたと思われる古びたペンチも発見された。
科学捜査と言っても、まだ、指紋を取るのが最先端と言われる時代。
写真さえも貴重であるが、男の顔写真が撮影され、それは街で捜査に当たる警察官に渡される。警務侍女の捜査権はあくまでも宮殿内でしか及ばない為、外での捜査は全て警察官に協力が仰がれる。
宮殿への侵入は当然ながら重大事件で、警察でも最大限の緊張感を持って、捜査に当たる事になる。彼らは総力を挙げて、侵入者の身元を究明した。
結果、1週間程度で男の素性が明らかになる。男の名前はパウエル。年齢は不詳。5年前に街に来て、普段は建築現場などで日雇い労働をしている。出身地については不明、彼を知る者でもそのことを聞いた事がある者は皆無。
他国のスパイである可能性が高く、慎重な捜査が今後、行われる事になる。
これらの捜査情報は全て、警務侍女室に逐一、知らされる。
警務侍女は警察からすると、より王族に近い存在のため、何かあれば、即座に警察の人事などに介入される事があり、頭の上がらない存在であった。
そのトップである警務侍女室長は貴族の子女であるファナ女史である。公爵家の子女であるが、その性格と美貌の左半分を隠す眼帯のせいで30歳を超えても未婚のままであった。
新人ヴァルキリーのメアリは取調室でそんな彼女に取り調べを受けていた。
威圧的な雰囲気を発するファナ女史の前ではメアリは借りて来た猫同然であった。
緊張で震えながら、尋ねられる事に一つ一つ答える。
当然ではあるが、メアリが責められる事は何一つ無く、むしろ、功績を称えられるべきなのだが、警務侍女として、事件の詳細を調べる為に、当事者の聞き取りをするのは当然であった。だが、それにファナ女史が自ら、行うのは異例であった。
「ふむ・・・突如として、出現した男に慌てて、銃剣で突いたのだな?」
「は・・・はいっ」
ファナ達の隣で調書を書き留める万年筆の音だけが室内に響く。
「相手は鉈を振り回していたのだから、当然、正当防衛なのだが、叩きのめし、生かして取り押さえようとは思わなかったのか?」
「そ、それは・・・とにかく、敵を制圧する事で頭がいっぱいで」
メアリは今にも吐きそうなぐらいに緊張していた。
あくまでも参考人調書なので、普通の尋問などに比べて、緩い扱いなのだが、何にしても目の前に座る人物の威圧感が半端じゃなかった。
ファナ女史はかつては勇猛なヴァルキリーであった。幾度も功績を残し、左目を失う程の傷を受けたのもその結果であった。そして、その傷が原因で警務侍女に異動となったらしい。それを知っているからこそ、メアリはただただ、目の前に座るファナ女史に畏怖するしかなかった。
「わかった。君の聴取はこれで終わる。ご苦労だった。体に異常はないか?」
ファナ女史は不意に笑みを浮かべた。それまでの威圧感が一気に抜けた感じがして、メアリは安堵する。
「だ、大丈夫であります」
「そうか。突進してくる相手を銃剣で突き止めるとかなりの負担が体に掛かるからな。脱臼とかの恐れがある。痛みを感じたら医務に掛かれ」
「了解であります」
メアリは逃げようようにして、取調室を出た。
彼女を見送ったファナ女史は軽くため息をつく。そして、調書を書いている部下に尋ねる。
「なぁ、私は怖いか?」
そう尋ねられ、部下は筆を止める。そして、丸眼鏡をクイッと上げた。
「毎回、お聞きになりますが、怖い以外にないでしょう?」
そう答えられて、ファナ女史は泣きそうな顔になった。
警務侍女には警察業務以外にも大事な任務があった。
それは侍女待機所の規律を維持する事である。
これだけの女子が集まっていれば、多くの問題が発生するのは当たり前だった。それらを看過すれば、組織としての機能が大きく低下する。
それを防ぐ為に警務侍女は徹底して、規律を維持する。
それは噂話の収集から、見回り。
イジメなどが発見されれば、即座に加害者を逮捕して、対処がされる。
場合によっては侍女法廷に掛けられ、罰が与えられる事もあり、メイド達はそれを恐れて、規律を乱す事を恐れるのであった。
因みに侍女法廷は警務侍女の権限では無く、ハウスキーパーを裁判長にして、各メイド職の長が裁判官となり、警務侍女によって告発された者を裁く機関である。
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