第2話 初体験

 侵入者の知らせに宮殿中が大騒ぎになる。

 侵入者がすでに建物内に入った可能性があるので、宮殿内の全ての区画がヴァルキリー達によって、閉鎖された。普通のメイド達はすぐに職務を止め、待機室に集まる。

 近衛侍女隊は88式回転式拳銃や19年式短機関銃を握り、宮殿内の探索を開始した。

 侵入経路を発見したメアリ達は敵がそこから逃走するのを防ぐ為、その場で待機が命じられる。

 メアリは9年式歩兵銃に弾薬を詰める。

 まだ、弾倉が内蔵式の為、ボルトをオープンにした上で薬室にクリップで纏めた弾薬を親指で押し込むようにして薬室下の弾倉に詰め込む。

 9年式歩兵銃はボルトアクション方式で2個のラグで薬室の閉鎖を行い、ボルトは90度に動かす。用いる弾丸は6ミリ実包。銃全長が2メートルもあり、更に50センチの刃渡りがある銃剣を装着すると槍のような長さであった。弾倉には5発が詰められる。同銃には全長を50センチ短くした騎兵銃モデルが存在し、こちらは着剣装置も省かれている。

 射撃性能は有効射程距離が700メートル。命中精度が100メートルで5センチ以内のグルーピングを示す。開発当初より、ヴァルキリーの使用も前提にあった為、反動が弱く、扱い易いとされた。ただし、諸外国の歩兵銃に比べて、射程、威力が不足だと言われている。

 分隊長のマチルダは腰のホルスターから13年式自動拳銃を抜いた。下士官以上は拳銃が配備される。機関銃が少ない時代、近接戦闘においては有効な火力であった。

 13年式自動拳銃は7ミリ拳銃弾を用い、ハンマー式だがボルト式のストレートブローバックの自動拳銃だ。自動拳銃としてはすでに古式な方式となり、弾薬も世界水準で言えば、威力が低めの小口径であった。威力不足とやや信頼性と射撃性能が劣る為、軍では新式の自動拳銃の開発が進んでいる。

 それでも連射が可能な銃器は必要不可欠であった。

 「周囲を警戒しろ。何か動いてもすぐに撃つなよ。仲間かもしれない。確認を徹底しろ」

 分隊長の命令にメアリは緊張しながら返事をする。

 相手がどのような理由で侵入したかは不明だが、宮殿は厳しい警備が敷かれている事は誰もが知る事実。そこに丸腰で入って来るとは思えない。遭えば戦闘になることは必須だった。

 近衛侍女隊は姫を自室へとお連れし、室内に3人。部屋の外に5人を配置した。

 侵入者の探索は人海戦術となる。完全静養のヴァルキリーを除く、全ての人員が投じられた。更に宮殿敷地外は応援として、警官が多数、駆け付けて、警戒に当たっている。ネズミ一匹、逃げ出せない状況となった。

 宮殿の建つ丘は長年に渡って木々が生い茂っている。ある程度は手入れがされているが、それでも鬱蒼としている。野生の獣も僅かながら居るほどで、少数の侵入者なら隠れる事も難しくない。

 だが、ヴァルキリーにも手があった。

 宮殿には警備犬を扱う部署もある。飼育部と呼ばれ、犬以外に伝書鳩や馬などの動物を飼育している。ここでは動物を扱う特殊技能を習得した10名のヴァルキリーと20名のメイドが所属し、必要に応じて、動物を用いる。今回は3名のヴァルキリーが三頭の警備犬を持ち出して、捜索に当たった。彼女たちは鉄帽に薔薇では無く、犬を模した部隊章を描いている。

 そんな彼女達がメアリ達の前に現れた。

 犬はすぐに破られた柵で臭いを覚えさせられた。そして、すぐに周囲を探るように歩き回ると何かを感じ取ったように走り出した。飼育部の犬とヴァルキリーはそのまま、森へと消えた。メアリ達は彼女を援護する為に後を追い掛ける。

 メアリは少し安堵する。このまま、飼育部が侵入者を発見すれば、そこで全てが終わる。初めての戦闘をする可能性は低くなったわけだ。

 犬の鳴き声が森の奥でする。

 女の怒声が聞こえる。そして、銃声が聞こえた。

 マチルダが「警戒しろ」と言う。思ったよりも早く、飼育部が侵入者を発見した。

 たぶん、位置的には500メートルも離れてはいない。

 むしろ、そんな近くに侵入者が居たのかと思うと、メアリは動揺した。

 下手をすれば、敵に先制攻撃を受けていたのかもしれないのだ。

 メアリは手にした小銃を強く握る。

 「おい、メアリ。緊張し過ぎだ。撃つ時は相手を確認しろよ。仲間かもしれない」

 先輩のレッズ中等侍女が軽く笑いながら声を掛けた。メアリはそれで少し、ホッとした。だが、次の瞬間、茂みを掻き分ける音がした。メアリは銃口を音のする方に向ける。

 犬の吠える音も近付いて来た。何かを追っているのは明らかだった。

 メアリは森の奥を凝視した。音だけが近付いてくる。

 突如、何かが茂みから飛び出した。それは服が破れ、半裸の中年男性だった。彼は手に鉈を持っている。その鉈をメアリに向けて振り下ろそうとしていた。

 「やあああああ!」

 メアリは咄嗟の事ながら、銃を撃つでなく、槍のように突き出し、銃剣で男の胸元を突き刺した。強い手応えが彼女の両腕に掛かる。それでも彼女は訓練通りに全身で押すように小銃を突き出す。男の身体はその勢いに負けて、後ろへと転がるように倒れる。それと同時に彼の身体から銃剣の刃が抜ける。

 背中まで貫通した刃の傷は激しい出血をさせた。

 仰向けで倒れた男は大の字に転がり、全身を痙攣させている。追い掛けていた犬が彼の右腕に噛みつく。

 「確保!確保しろ!」

 マチルダが叫ぶ。同時に彼女の部下達が倒れた男に群がり、手にした鉈を蹴り飛ばし、体が動かぬように足や小銃で抑え付ける。

 「胸を一突きだな。たぶん、助からない。メアリ初等侍女、お手柄だ」

 マチルダは放心しているメアリにそう声を掛けた。

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