第6話 鋼鉄の馬
アニエスが王城に来る理由は定期的に行われる王族会議のためである。
この会議において、アニエスの立ち位置は微妙であった。
元々、政治は男性社会である。王族とは言え、女性が口を出す事は出来ない。
王族会議の議長は当然、国王であるアニエスの父、マグワイル王。アニエスの兄サイードと次兄マックス。弟のフランツとなる。
大抵は男性王族のみの会話となるのだが、今回はアニエスにも関係していたため、アニエスとしては、あまり気乗りしていなかった。
「ヴァルキリーに戦車を導入する」
会議の冒頭に国王はそう告げた。それにサイードが反論する。
「戦車は兵団でも数が足りてません。それを実質戦力にならぬヴァルキリーに配備するなど、優先順位を誤っているのかと」
サイードは国軍である兵団の将軍も務める。当然ながら、軍備の話となれば黙ってはいられない。
「それは分かっている。だが、今回は少々、外交も絡んでいてな。貿易の不均衡を是正する為、ヴァルトリン帝国から戦車の購入を打診されたのだ」
「ヴァルトリン帝国・・・かの国の工廠が開発したと言われる小型戦車・・・1号戦車ですか・・・噂ではまだ、技術力が足りず、自国においても持て余していると聞いておりますが」
「その通りだ。だが、貿易の不均衡を理由に穀物の関税などを重くされてはこちらも困る。だから、その話に乗ったのだ。その為、不要な小型戦車が入ってくるわけで、その配備先に困って、ヴァルキリーとなったわけだ」
その話を聞いたサイードは溜飲を下げる。
「理由は分かりました。確かに・・・我が軍に配備をされても、現状、持て余してしまうのは目に見えてますからな」
不要だからヴァルキリーに押し付けるという話はある意味では女性王族に対して、卑下した見方であるが、この国の価値観からすれば、何もおかしな事は無く、アニエスも静かに話を聞いているだけだった。
「アニエスもこの話には賛同してくれるな?」
国王から問われ、アニエスは当たり前のように同意を示す。
女性王族が国王の問いに意見を申す場合は余程の事でしか許されない事はアニエスが一番、良く知っているからだ。
「軍では不要でもヴァルキリーにとっては機動力、火力の大きな向上となります。有難く、頂戴いたします」
それを聞いた国王は満足そうに笑みをアニエスに向けた。
だが、この時点でアニエスの内心は怒りに震えていた。
そもそも不要だから、使えない戦車を配備する。あまりにもヴァルキリーをバカにした発言であった。
そして、使えない戦車について、アニエス自身も事前に情報を得ており、性能を理解していた。
戦車が戦場に登場したのは僅か10年前の事であった。
機関銃の登場で戦場は塹壕戦が主流となり、かつての会敵による戦闘は様式を終えていた。塹壕を超える為に多くの歩兵が突撃を繰り返し、多大な被害を出した上で敵地を制圧する事が多くなった。
その戦争をひっくり返すべく、開発されたのが戦車である。
すでに自動車に装甲と機関銃、大砲を搭載した物は存在した。
これは馬よりも軽快により強大な火力で戦場を走り回るのに適した武器であった。
だが、車輪では限られた地形でしか行動が出来ず、当然ながら、塹壕などは突破が出来ない。
そこで目が付けられたのが、農耕や土木用に開発された無限軌道式のトラクターであった。
無限軌道は荒れた地形を進むのに適し、装輪式よりも戦場で活躍すると思われた。
最初に開発されたのは農耕用のトラクターを鉄板で囲み、機関銃を搭載した物であったが、それは人々の予想を大きく上回る結果を出す。
不完全ながら、塹壕も乗り越え、敵地深くへと突入を成功させたのだ。
ここから戦車の開発が盛んになる。
現在、戦車の形式は様々となり、まるで地上の戦艦のような姿をした多砲塔型の大型戦車や敵陣を突破する事を主眼に置いた中型戦車。一人から二人程度が乗り込み、戦場を自在に駆け回る軽快な小型戦車と分けられる。
戦車開発においてはまだ、経験の浅いヴァルトリン帝国は陸軍工廠で他国の戦車を参考に開発を進めていた。今回、購入されるのは陸軍工廠が初めて開発をして、生産を開始した1号戦車である。
二人乗りの戦車で、自国の民間会社が開発した農耕用トラクターをベースに開発がなされた。
操縦手と車長兼銃手が縦に並ぶように乗り込む形で、砲塔部分は車長の胸より上がほぼ、入る形で座る事になる。その為、砲塔の回転範囲は左右に60度までの人力での回転となっている。エンジンは元になったトラクターに積まれた直列4気筒ガソリンエンジンを改良した物が後方に積まれている。
主砲となるのは元々は帝国が採用している13ミリ機関銃であったが、王国はそれを採用していない為、10ミリ重機関銃を二丁、並べるようにした。
それらの性能は他国の小型戦車と比較しても劣る点は無かったが、無限軌道や足回り、エンジンの信頼性などが低く、故障率が高いと言われている。
王族会議が終わり、アニエスは怒り心頭ながら、宮殿へと帰って来た。
戦車導入に関する話はすでにヴァルキリーには届いており、早急に引き渡しが行われるまで、話が進んでいた。
アニエスはすぐにモレラ女史を呼び付ける。
「それで・・・騎馬隊の編成はどうなるの?」
アニエスの問い掛けにモレラ女史も僅かに困惑した様子で資料を見る。
「なにぶん、急な話であったので、一部のメイドを新たに騎馬隊に編成して、対応しないと、頭数が圧倒的に足りません」
「まぁ・・・不要と言われつつも一定数が導入されます。さすがに今度のパレードなどに出なければ、ヴァルキリーの威信に関わります。訓練なども含めて、早急に編成を急がせなさい」
アニエスに命じられて、モレラ女史は困惑した表情のまま、戻って行った。
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