無味無臭!クソチュートリアルを脱出せよ

現れし格闘少女、そして誤パンチ

 暗闇を俺はずっと落ち続けている。


「いつになれば終わるんだ……」


 なんの脈絡もなく暗闇が晴れ、頭から地面に落ちた。


「いてて……なんなんだよ……」


 起き上がって辺りを見回してみると、どこか草原のような場所にいた。空はペンキをぶちまけたような青さで、雲ひとつない。


 草原はどこまでも見渡す限り緑が広がっていて、地平線まで見える。


「なんだ、ここ……」


「現れたな、敵!」


 背後からの声に振り向くと、影みたいな全身黒塗りの男がこっちに指を向けている。


 その横にいるのは……ランレイ!【テロ】に登場する星3キャラ、格闘少女ランレイじゃないか!


 格闘少女ランレイ。スリットの際どい、赤いチャイナドレスに身を包んだ美少女キャラだ。背は小さい。


 髪がお団子じゃなくてロングの茶髪なのはまあいいとして、手には銀色のメリケンサック、足はなぜかピンクのハイヒールを履いている。


 かなり属性がとっ散らかっているが、イラストは良いので許せてしまった。

 なんなら彼女のイラストがなければ俺はここでプレイをやめていただろう…… 


「敵を倒しましょう!」


 そんなランレイもまた、こちらを指さして薄い台詞を言った。イラスト通りの格好だが、ちゃんと可愛い。


 【テロ】の中において、彼女のボイスつきの台詞は数種類しか無い。イラストに合った良い声だが、よっぽど予算がないらしい。


 そして、これはチュートリアルの時に放つ台詞だ。女神の言った通り、本当に俺はゲームの中に入ってしまったのか?


 つーか、敵ってどこだよ。


 そう思ってようやく、俺は自分の手を見た。真っ黒だ。しかも鉤爪のようなものが生えている。身体は、マントのようなものを羽織っているらしい。


 ……あー、うん。


 敵は、俺だ。


 確かに、女神は転生と言っていた。つまり今の俺は、【テロ】のチュートリアルでやられる雑魚敵、「シャドウマン」になっているんだ……


「では、敵を倒します!」


 黒いシルエットが棒読みで叫んだ。まずい、この台詞の後に、チュートリアルの戦闘が開始するんだ。


 背を向けて逃げようとした瞬間、見えない壁に俺の体はぶつかる。くそっ、システムには逆らえないのか!?


 不協和音のような戦闘音楽が流れ始め、俺とランレイが向かい合う形になった。


 お互いの頭上に、緑色のバーが現れる。体力ゲージだ。


「まずは、攻撃です!攻撃しましょう!」


「よし、攻撃するんだ!」


 ランレイと黒シルエットが言葉を交わし合う。今気づいたが、あのシルエットは多分、【テロ】の主人公だ。自分は前に出ず、そのくせ女の子達に偉そうに指示をする。大変気に食わないやつだ。


 主人公に立ち絵が用意されていないから、ああなっているんだ。棒読みボイスはあるのにな。


「はあっ!」


 とか思っていたら、ランレイのハイヒールが俺の腹にめり込んでいた。


「ぐええっ!!」


 やばい、めちゃくちゃ痛い。腹パンとかの比じゃない。頭上の緑バーが少し減ったが、肉体的な痛みは少しどころじゃない。


待て待て、確かにここまでチュートリアル通りだ。


まさか次は……俺の攻撃か?


「さあ、敵の攻撃です!」


ランレイがそう言って、定位置に戻る。


「マジかよ」


つまり、チュートリアル通りなら……俺はこれから、ランレイの顔面を殴らなければならない。


そしてその通りに、システムが俺の体を動かし始めた。


「そんなの……できるわけねえだろがぁぁぁ!!!」


女の子の顔を殴る!?こちとらいない歴=年齢の社畜ですが!?


しかし、俺の足が勝手に前に進む。拳を勢いよく振りかぶる。


殴るなら主人公を殴りたい。だが、それは無理らしい。俺は覚悟を決め、目をつぶった。


ドッゴォォォン!!!


拳がぶつかったとは思えないド派手な効果音。俺はおそるおそる目を開けた。


「え?」


ランレイの方に向かったはずなのに、なぜか、俺の拳は主人公の顔にめり込んでいた。


やばい、主人公を殴ってしまった。


 スッキリしたけど、こんなのチュートリアルにないぞ……


 ランレイも、顔面パンチを受けた主人公も、俺も……全員が身動き一つせず、そのままの状態を保っていた。


 いつのまにか不協和音の戦闘BGMも止まり、俺の体は全く動かない。文字通り、ゲームが「フリーズ」してしまった様だ。まさか、一生このままなのか……


[エラーが発生しました]


そう思った瞬間、俺の目の前にメッセージが現れた。だが、一つではない。


[エラーが発生しました]

[エラーが発生しました]

[エラーが発生しました]


無数のメッセージに視界をうめつくされていくうち、俺の意識はとだえた。

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