第21話 猪口、会食に誘われる

 緒方雄二警視庁次官が目の前にいる。


 縦割り社会である警察の世界では雲の上の人。


 猪口は生きた心地がしなかった。


 しかも、執務室で二人っきりだ。


 自分は客用のソファーに座り、緒方は当然至極のように上座に座る。


 秘書がテキパキとお茶を出し、退室した。


 警部補だった猪口は、今月いっぱいで定年退職になり家族と一緒に豊原県に引っ越しを決めている。


「今日は忙しい中、来てもらって感謝する」


 静かな笑顔で緒方は頭を下げた。


「いえ、大きな私物などはもう、家に置いたので後は細々としたものを二、三回持って帰れば大丈夫です」


 もう、猪口はほぼやることは無い。


 むしろ、退職後の書類の手続きやアンケートぐらいで事件などに関与してない。


「公安二課畑はどうだった?」


 猪口は少し考えた。


「ヤクザさん相手ですから、正直、怖かったですよ」


「そうか……あなたは、実に勇気と知恵と知識があった。キャリア組で入ってきた私を分け隔てなく叱責したことは、いい経験だった」


「その事は……あまり言わないでください。単なる自分の不始末ですから」


 緒方は少しため息をついてこう言った。


「実は、猪口直衛警部補に私からお願いがある」


「お願い?」


 命令なら分かるが、『お願い』とはだいぶ遜っている。


「何でしょうか?」


「私直属の組織『諮問刑事』を作りたいと思っている」


「何ですか? それは?」


「ゆくゆくは大所帯にしたいのだけど、今は私の私財を投じた半民半官の組織だ」


 猪口の脳が動いた。


「まさか、平野平家も巻き込もうというわけですか?」


「うん、そうしたいから君を呼んだ。細かいことは郵送で送るけど、あくまでテストケースとして星ノ宮警察で指導監査役になって欲しい」


 これが始まりの始まり。

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『WONDERFUL WONDER WORLD』前後のお話 隅田 天美 @sumida-amami

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