第19話 諮問刑事 秋水編

 都内某所。


 高速道路に黒のナディアが走っている。


 平日の昼間。


 まだ、渋滞には引っかかってない。


 ナディアの運転手であり、平野平秋水は珍しく無口で運転していた。


 普段なら流行のアイドルの歌を大音量で流し、一緒に歌う。


 アクセルはベタ踏み。


 タンクトップにアロハシャツを羽織り、短パンにビーチサンダル。


 顔にはサングラスをかけている。


 賑やかなことが大好きな男だ。


 しかし、その派手な柄のアロハシャツから延びる腕や短パンから見える足には無数の傷が如何に歴戦の戦士なのか、どういう世界で生きていたのかを雄弁に語る。


 助手席には、高速に乗るまで下を見て嗚咽していた男、猪口直衛がハンカチで目元を拭っていた。


 彼は三月まで公安二課で辣腕を振るっていた。


『公安が誇る特級エース』などと呼ばれ、該当の事件が起これば理論と実験と経験から編み出した彼独自の『公式』に当てはめ、答えを探る。


 時にそれは、違法ギリギリの場合もあり、裏社会に精通している平野平家の力も借りた。


 ただ、猪口は常々『自分の正義』を振りかざす容疑者に吐き出すように「俺はあくまで法に則り、行動している。正義なんざスッカラカンだ」と語る……


 平野平家が猪口直衛を信頼しているのは机上の空論で中身のない正義を信じてない点だ。


 しかし、定年になり彼は現場を去った。


 今は豊原県星ノ宮警察署にある生活安全課の指導員をしている。


『今までできなかった家族サービスをするつもりさ』と言っていたが、今日、正式な引退セレモニーが行われ武道室で「蛍の光」が流れる中、公安一同が「猪口直衛刑事に敬礼!」と敬礼され、先に渡された花束の影で猪口は泣いた。


 誰も咎めなかった。

 

 迎えにタクシーでも呼ぼうとしたら秋水がいた。



 その花束は、今、後部座席で横になっている。


 だんだん、速度が遅くなる。


 首都高名物の渋滞にはまった。


 カーナビが律義に距離と時間を告げる。


 秋水は煙草をアロハシャツの胸ポケットからピースを取り出し、一本口にくわえて火をつけた。


「猪口さん、正行に変なことを吹き込みませんでした?」


「……変な……ああ、諮問刑事のことか……あれは半分雑談ついでの話さ」


「先に言いますが、俺は確かに猪口家に仕えていますけど誰かに支配されるのはまっぴらごめんです」


 ハンカチをたたんでポケットに入れた猪口は苦笑した。


「それは重々承知している。君たちは俺の手に余るよ。だから、基本的には今まで通り君たちの自由でいい。時々、助けてほしい時にちょっと力を借りたいだけさ」


「自分は手を汚さずに一般市民を容疑者にしようというわけですか?」


 秋水も苦笑する。


「なぁに、万が一の場合は俺が先導役をしてやるよ」


 秋水は小さくため息を吐いた。


「……大丈夫なのかね?」


「と、いうより、今までより君たちには特例がある。むしろ、動きやすくなるんじゃないかな? でも、盟約には秋水君は当主だから星ノ宮に封じられているのでは?」


「儀式は今秋末です。それに緊急事態なんですよ、平野平家の……」


 そうして、今度は秋水が相談を始めた。

 

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