第18話 諮問刑事

 その麵はラーメンの麺では極太で縮れていた。


 そこに濃厚なスープが絡み、啜って唇に当たると妙に気持ちいい。


 スープも野菜から豚骨や鶏ガラなどを濃厚に煮だしたもの上に上質の豚と鶏の脂が深みを出し、具材も焼き豚やメンマが手作りで美味い。


「……しもんけいじ?」


 猪口直衛の発した言葉に平野平正行は早くもスープをレンゲから啜りながら聞いた。



 その日、二度目の『新大学二年生』に向けた就職活動説明会を聞いていた。


 ほぼ内容は去年、本当の新大学二年生の時に聞いた話だった。


 論文提出を約一か月も勘違いして遅らせてしまい、ダブりになるとは思ってなかった。


 真面目に聞いているのは最前列で後ろに行けば堂々とスマートフォンをいじっている学生もいる。


 また、就職活動に気合の入らない学生はあえて正行と同じように留年して景気が上向き、企業が積極的に新卒採用に動いたときを見計らって就職するらしい。


 正行は、養育費を出している、今は亡き祖父に土下座をして留年してしまったことを謝罪した。


 だが、祖父は愛刀の手入れをしながら言った。


「大丈夫だ。あと、お前が数回大学生活を滞りなく過ごせる金ぐらいヘソクリで何とかなる」


 そして、正行に命じた。


「お前はこれから、裏の世界に入って行くだろう。もう、片足は突っ込んでいるが……裏世界は鏡だと思え。早い話が文字通りの弱肉強食。弱ければ死ぬだけだ」



「正行君?」


 ぼんやり、祖父との思い出に浸っている正行に猪口は声をかけ、現実に戻した。


「すいません、少し考えごとをしていました」


「いや、そこまでかしこまらなくてもいいよ。今日は半分は雑談みたいなものだから……」


 実は、正行は猪口と直接話をすることは滅多にない。


 猪口は大抵、秋水と石動に対して話をする。


 警察でも手を焼く事件や奇怪なうわさなどを持ち込んで真相を探り、それを元に令状を取り猪口ら、警察が逮捕する。


『オイシイところを総取りだ』


 警察が来るよりも早く撤収しながら父である秋水が苦笑していた。



 元より、猪口家と平野平家は主従の関係で祖父で師匠に当たる春平も色々な事件や事故などに介入していた。


 それを子供のころから見ていたのが秋水であり、正行だ。


 父である秋水は分からないが、正行は自分が裏社会で生きると決めたのは『人を殺すことができるのなら、逆に人を生かせる方法もある』という考えだ。


 薬だって過度に飲めば毒だ。


 しかし、適切な量が分かれば人を癒せる。


 まだ、正行の場合、腕が未熟なのだが……



 ご飯と餃子が運ばれてきた。


 これは正行が文字通り遠慮なく注文した。


 猪口は呆れながら見ている。


「若いねぇ」


 三分後。


 餃子皿と御飯椀は空になった。


「えーっと、つまり……諮問刑事って、過去の事件とかを猪口さんの命でやれってことでしょ? 今までと同じじゃあないですか?」


「だいたいそうだね。でも、今までは僕単体だったし君たちはあくまでも一般人だった。そこに警部補ぐらいの権限を与え、全国……というか全世界の警察とのネットワークで結ぶ。僕も表向きは指導係員だけど、権限としては警視正に繰り上がったもの」


 正行は聞いた。


「誰が親玉なんです?」


 お冷を飲んだ猪口はスマートフォンを出しいくつか捜査して、精悍な男性の写真を出した。


 正行は見覚えがあった。


 警察庁の不正疑惑問題で指揮を執ったと言われ、エリート街道を驀進する知恵者。


 緒方雄二警視庁次官。



 夕方のニュースで彼を見た父は言った。


「彼ほどスマートで卑怯で清濁を併せ持つ野郎を俺は知らない」



 彼が発起人らしい。



 まだ、未来のことなぞ考えていなかった正行は、その後、大きな流れに巻き込まれることになる。

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