『WONDERFUL WONDER WORLD』(改訂版)のその後の話(短編)(でもって、後編)
年が明け、テレビや商店が日常に戻りつつある頃。
星ノ宮市総合美術会館は、市内に点在していた美術館はもちろん、図書館や保健所なども完備する複合大型施設である。
その地上一、二階が美術館として運営している。
普段は日本や世界中から集まる美術品を展示している空間には市民が作った絵画や書がある。
正行は祖父が去年亡くなったので正月らしい正月ではなかった。
それでも、石動や猪口、弟子たちが入れ代わり立ち代わり酒や料理を持って来た。
逆に彼らの行動は気を使わせたことに若干申し訳なさも感じる。
それが終わった。
下は幼稚園、上は九十歳以上と色々な市民が色々な思いで作品を展示している。
簡単な『はな』『ねんちょう たんぽぽぐみ いしま りょうた』と書いた習字から何年もかけて織りあげた布を豪奢な着物に仕立てたものなど、正行は感心したり、呆気にとられた。
そこに明らかに場違いなスーツをしっかり来た女性が、ピンヒールの音を響かせつつ早歩きできた。
かけたレンズから見る目は鷹のように鋭く、数秒で物の価値を見定める眼力を供えているようだ。
正行は、彼女を見て自分の作品は歯牙にもかけないだろうと思った。
黒と金箔で作った抹茶茶碗。
萩などの型にハマらない、文字通り自由に作った。
だが、父である秋水に見せると、彼は半ば強引に握力で真っ二つにした。
その日、正行は一切父とは口を利かず、というか、その真っ二つになった茶碗を持って祖父の部屋に引きこもった秋水に一瞥もくれずに寝た。
翌日、茶碗は居間の卓に置かれ金で接合されていた。
祖父の部屋から爆音ともいうべき父、秋水のいびきが聞こえた。
提出日なので渋々、大学の陶芸部に持って行った。
みんな、実に意趣に凝った作品を持ってきていた。
自分のを担当教官に出した時は『早く帰って寝よう』ぐらいしか思っていない状態だ。
だが、正行の作品を見た時、教官は目をひん剥いた。
「これ、すげぇえ!」
「え?」
興奮冷めやらぬ教師は襲い掛からんばかりの睨みで問う。
「ねえ……これ、誰が作ったの?」
「俺です。接着したのは親父です……」
「君のお父さん凄いね」
「は?」
正行には意味が分からない。
「凄いレベルアップだよ……いやぁ、いい腕を持っているお父さんだね。美術関係の人?」
「いえ、普通に不動産業者です」
「ほう、それじゃあ、凄く勉強家だ。ここまで上手いのは早々ないよ……」
あんなに美術の教師が褒めたのに、彼女は正行の椀を一瞥して通り過ぎた。
――だよなぁ……
正行は欠伸をしようとした。
が。
スーツの女性は音を響かせ戻ってきた。
そして、正行の椀が置かれているケースに近づくと学芸員を呼び、半ば強引な説得力で「触らせてほしい」と言い出した。
そこに正行が介入する。
「俺、作者の平野平正行です。開けて大丈夫です」
スーツの女性の思いがけない行動に半ば物見雄山でやってきた老夫婦や親子連れが集まってくる。
正行が丁重にスーツの女性に渡す。
彼女は恍惚の表情になった。
「ああ……なんて、素敵な金継……割れたことを利用して底に三日月……正直、平凡と言えばそうだけど……何より素地が気持ちいい~」
正直、周りは引いている。
すると、館長らしき男性が出てきた。
名刺交換がされる。
「私、文科省美術保管課の南部美鈴と言います」
彼女、南部と名乗る女性は名刺を差し出す。
「これは、これは……私は星ノ宮美術館館長の牧野です」
そして、運命が少し動きだす。
シーン4
その年の秋。
平野平家に大きな米袋が二袋輸送されてきた。
そして、その一つには手紙が添えられていた。
『拝啓 平野平秋水さん、正行君へ
こんばんは、松田です。
自分たちが先祖代々耕してきた水田の粘土が、まさか工芸品だと一級品だと知り、当初はみんな驚きました。
しかも、保存のために国が補助金が出るという話や、アメリカの企業が何故か撤退したこともあり、村中が混乱しました。
でも、正行君が通う大学の農業科の先生から「実習用に使わせてほしい」と申し出があった時に、何故か、みんな満場一致で受け入れました。
大学生時代に調理専門学校に行った自分には学びも多く、勉強になります。
なんだかんだで、この一年、麻雀に行けませんでしたが、廃業から救ってくれたお礼に学生たちと作ったお米を送ります。
冬には味噌や醤油も作る予定ですので送りますね。
松田より』
その日の夕刻。
多くの男たちと子供たちがやってきた。
平野平家で修行するものたちが『ご飯に合うおかず』を持って集まり、羽釜で炊いたご飯を思う存分食べた。
個人的にご飯に合うおかず。
鮭バター&きのこ。
(醤油がモアベター)
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