第13話 『猪口直衛』という男とお芝居

 成田から北欧の某国へ平野平秋水と石動肇がトップシークレットとして旅立って半年が過ぎた。



 結論から書けば、理事会は表向き地球温暖化防止に関する決議案が採択されたが法的拘束力はない。


 また、オブザーバー参加のツンドラ王国は閉会直後から国王と最低限の護衛以外帰国を認めなかった。


――王女・ツンドラ・フェン・ナターシャ妃、および、その第一王子と第二王子の行方不明になった。


 このニュースは各国の政府が情報統制をしたが、一部のネット界隈などでは噂になった。


――犯人は誰なのか?


 憶測が憶測を呼んだ。


 しかし、それも三か月もすれば別の話題で盛り上がる。



 正午過ぎ。


 干支線多津野宮駅に上野から出発し終着駅に到着した。


 ドアが開くとぞろぞろと様々な人たちが色々な理由で降りる。


 グループもいれば、一人もいる。


 そこにポーラーハットをかぶった男と女性、子供二人が最後に降りた。


 もう、ほとんどの客は降りて思い思いの目的地へ向かう。


 と、そこに同じスリーピースを着ているが、いささか恰幅のいい男が階段から降りてきた。


「やあ、肇君。久しぶり」


「お久しぶりです」


 名前を呼ばれ石動肇はハットを脱ぎ礼をした。


「そこにいるのは、君の奥さん?」


「そうです」


 後ろに控えていた女性に目を向ける。


 男は自己紹介をした。


「僕の名前は猪口直衛です。肇君の母方の叔父で、東京で仕事をしています」


 深々と礼をする。


 女も習って礼をする。


「あの……私は……」


 何を話していいか分からない女性に猪口はにっこり微笑んだ。


「再会出来ていいんだけど、早くまで石動君とあなた達を案内したいので付いてきてください」


 そう言って猪口と名乗る男はスタスタ階段を上がり、石動たちも追いかける。



「ども、お久しぶりです」


 屋上駐車場にいたのは平野平秋水だ。


 ナターシャ妃は、彼に思い出があった。


 出会った時の黒一色ではなく、ビーチサンダルに変な柄の短パン、タンクトップ、アロハシャツだ。


 ふざけた格好だが、そのから生える薄い皮膚の下にある筋肉は見るもの圧倒する。


「奥方とご子息たちは俺の車で目的地まで行きます。石動君は猪口さんと来なさい」


 そういうと持たれていたナディアのドアを開けて、まず子供たちを呼んだ。


「まずは、ドライブでもしようか? 俺んちにお菓子もあるからおいで」


 ナターシャは心配そうに石動を見たが、力強くうなずのをみて、彼女も頷き返しナディアに足を向けた。


「では、肇君。僕たちは近くの駐車場に行くよ」



 その車は、英国が誇るTVR社・グリフィスである。


 それも、初代であり、今のように機械による制御などはない。


 己の肉体を酷使させる。


 その代わり、二人乗りにしては異常な馬力と速さで快感を与えてくれる。


 石動肇の父が残した遺産であり、『魂の片割れ』だ。


 こんな、ただの空き地にコンクリートを敷いて線を書いただけの場所にあっていいわけではない。


「いやぁ、流石にオールドカーだ。明日は筋肉痛だな」


 朗らかに笑う猪口に石動は睨む。


「これに乗ったんですか?」


「うん、後ね、秋水君が自分の工場で違法改造ギリギリの改造しているから」


 もう、言葉も出ない。


 だが、分かったことがある。


「おやっさんの、平野平家の大口スポンサーって……?」


「ピンポーン!」


 猪口は満足げに頷いた。

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