第8話 子供たちの活躍 苦しみを知る編

 声のする倉庫は全体にさび付き、トタンの屋根にある隙間から月の光が射しこみ床の剥がれた地面に一人の少年を照らしていた。


 うずくまり、胸の中の心臓を握りしめるように学生服を掴み、傍から見ても分かるぐらい脂汗をかき、苦しんでいた。


「正行君!?」


 まず、石動が駆け寄った。


 

 秋水から日本に置いてきた家族の話を聞いた。


 何故か、妻のことに関しては言葉が少なかった。


 ただ、「太陽みたいな女で、ポカポカして気持ちいい」と必ず言っていた。


 そして、こうも付け加えた。


「だから、太陽は空にいなくちゃいけない」


 息子に対しては厳しい言葉が多かった。


 まず、体幹が弱い事。


 攻撃するとき戸惑うこと。


 泣き虫なこと。


 怖がりなこと。


 それ以上に褒めた言葉も多かった。


 背が大きくなっている。


 アドバイスしたことに関して真面目に守っていること。


 他人に対してとてもやさしい事。


 勇気がある事。



 つまり、戦場で『霧の巨人』と呼称される男も、家庭に入れば不器用な普通の父親なのである。


 家族を高校生の時に交通事故で奪われた石動には妬ましくもあり、羨ましかった。



 平野平家の男たちも後を追う。


「大丈夫かい!?」


 抱え起こそうとした石動の手を「いや!」と正行ははねのけた。


――さすが、秋水さんの息子だけはある


 その強さに石動は変に感嘆した。


「正行、どうした?」


 今度は半ば強引に秋水が自分の方向に正行の肩を向けた。


 その凛々しい顔は涙で歪んでいた。


「父ちゃんが……母ちゃんとバイバイするの、嫌だ」


 秋水はその言葉に一瞬固まった。


 春平は腕や脛を調べた。


 異常はない。


 変な機械もない。


「正行」


 半ば強引に秋水との間に顔を出す春平。


 すると、正行は声を出して泣いた。


「まるで、ガキだな」


 悪態をつく秋水。


「正解だ」


 その言葉に秋水と石動は顔を合わせる。


「ざっと見たが、怪しいところはない……正行はあれで純なところ、つまり、心が無防備なところがあるんだが、それを催眠術で半ば強引に幼児退行させている。今、正行の中で高校生の自分と幼稚園児の自分との間で彷徨っている」


「じいちゃん……」


 不意に震える手で何かを掴むように出してきた。


「た……すけ……て」


 その声は高校生のだ。


 しかし、春平は無情にも孫の首に手刀を手早く当てた。


 力が抜け、父の体に寄りかかる正行。


「大丈夫。気絶をさせただけだ……」


 春平はゆっくり秋水から剥がすと、石動に正行を渡した。


「ようこそ、我がラボへ」


 天井の蛍光灯が一斉に光った。


 そこに、潜んでいたもの、つまり、正行を誘拐した者たちが出てきた。


「孫がこんな状態では……」


 リーダーらしき男が笑おうとした。


 その瞬間。


 何かが空気を割いた。


「ぎゃ!」


 その場にいた、誰もが驚いた。


 リーダーの片腕には特殊な短刀が刺さっていた。


「石動、早く行け。家で待っていろ」


 秋水が立ち上がる。


 その声に感情は一切ない。


「は、はい!」


 正行を引きずりながらも石動は倉庫から出た。


「それ以上、話すな」


 春平の声も感情がない。


 そして、この親子の声が同時に同じことを口にした。


「てめぇら、半殺しにはしない。九分殺しだ!」

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