第6話 親たちの苦境 事件発生編
秋水の乗った車が戻ってきた。
その時、石動は文字通り汗まみれの体を井戸水で流していた。
道場では、床の間を春平が雑巾がけをしている。
もう、立つこともできない石動は体中の汗を流すと座った。
重力にさえ逆らえない。
「おー、どうだった?」
同じようにしゃがみ込んで秋水は愛弟子に問うた。
「何ですか⁉ あの老人、秋水さんより動いていないのにめっちゃ強いじゃないですか⁉」
「そりゃ、そうだ。俺の親父殿だぜ。でも、あれでマイルドのなったほうだぞ」
石動は青ざめた。
こんな苦行を、秋水は、恩人は子供のころからごく当たり前のようにやっていたのだ。
しかも、『マイルド』ということはもっと厳しかったはずだ。
「おかえり」
道場の掃除を終えて春平が出ていた。
「どうだった? 石動君は、見込みがある?」
息子の言葉に汗もかかなかった老人は少し考えた。
「……才能はあるが道徳心や理性が邪魔している。動きは実にいい。逸材だ。ただ、これもイマイチ連動してない。経験やこちら側の常識さえ分かれば大分体の使い方を理解できるだろうね」
「……俺は嫌です」
小さく、ぼつり、石動は春平の言葉を否定した。
「でもな、石動。もう、とっくにお前の名前と顔写真はネットで出回っているぞ」
秋水の言葉に石動は驚いた。
「何でです!?」
「そりゃ、お前。俺を追いかけている道中で色々しただろ。そりゃ、目をつけられるよ。俺も、ブログで書いているし」
「は? ブログ?」
「うん、滅多に裏の情報は出さずにお料理とかゲームとかお裁縫、ガンプラなんかのブログをやっていて、お友達として君を紹介したの」
――何やっているんだ? この親父は……
専属教官のように体を鍛えた頃から思っていた。
謎多き男だ。
と、秋水が思い出したように言った。
「親父、正行が誘拐されたって」
「ふうん、それは本当か?」
いつの間にか、着流しになっていた春平は息子に聞いた。
「うん。大学にお迎えに行ったらいなくて、農学部でまた、お手伝いしているのかと思って連絡したら、『来てないです』。そしたら、犯人から都合よく連絡が来た」
「何処からだ?」
「電話元は元星ノ宮倉庫。借主が鳳大学脳科学。ネットの書き込みとか調べたら、予算が無いから国から三億円の補助金が欲しいらしい」
「警察に連絡……」
石動が提案しようとするが、春平がいさめた。
「俺たちはこう見えてアウトローだぜ。警察で解決できれば電話しているって」
秋水も肩をすくめる。
「じゃあ、どうするんですか?」
石動は問う。
「俺たちだけで助けりゃいいだけの話だ」
「なぁに、正行も何度か人質になった経験もあるし、こっちから正行に仕掛けたこともある。簡単にはやられんよ」
石動は思う。
――この家族、変!
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