第3話 親たちの苦難 別れと紹介編

 文字通り皿には山のようなキャベツに、揚がったコロッケが覆っている。


 昼時。


 春平が起きたら、放蕩息子が昼御飯を作っていた。


「いただきます」と言って、まずは何もかけずに食べてみた。


 サクサクした歯ごたえの衣のなかにほっくりとしたじゃがいもの塊がある。


 ひき肉も玉ねぎもあえて大雑把に切っている。


 見た目は少し不格好になるが歯ごたえが生まれて楽しい。


 油も普通のサラダ油だが、だから、匂いは単純に楽しめる。


 肉屋のようなラードではない分、軽い後味だ。


 ご飯も美味い。


 わかめと豆腐の味噌汁もいい味に仕上がっている。


 シンプルなご飯だが、無駄なものは一切ない。


 年中ある冷蔵庫の麦茶を出して、コップに注ぐ。


 思わず、満足のため息を吐く。


 他人の作ってくれた、しかも、美味い料理はいいものだ。


 しかし、息子がここにいることは、ある示唆を指していた。


 食器を洗う秋水に問うた。


「……そうか、別れたのか」


「うん……だから、最後にいろいろ遊んでバイバイした」



 秋水には愛した女がいた。


 普通の家庭の普通の女の子。


 それが春平の第一印象だった。


 まだ、「娘」と呼んでいい彼女のお腹には孫の正行がいた。


「は、初めまして。お義父さん」


 緊張で体の強張って声が固まっていた。


 歳は十六歳。


 その割に腹が大きい。


 彼女の前では好々爺を演じてみた。


 秋水の目は、それでも何かしたら、すぐに武力を持って制圧する意思があった。


 やがて、東京で正行は生まれたと電話で猪口を通じて知らされた。


「この子を預かってくれ」


 六歳の正行を預かり、剣術の修行をさせて早十年。


 その間、彼の両親、秋水と母である綾子は裁判所で協議離婚を勧めていた。


 秋水は戦場で傭兵として働いているため日本に帰国することはままならなかった。


 綾子もまた、離婚には反対だった。


――太陽は空にあってこその丁度いい


 一度だけ、電話で正行の様子を聞いた秋水に春平が「何故、別れることを選んだ?」という問いに答えたのが、これだった。



『日陰者と教え過ぎたか?』


 まだ、麦茶を飲んでいる春平の目の端、庭に一台の車が止まった。


 日本車ではない。


 車に興味がない春平でもわかる、気品と野性味のあるデザインは流石、外国車というべきか。


 その運転席には、憎らしいことに、この外車に合う色男が座っていた。


「よう、石動君。遅かったな」


「あのですね、アフリカから日本までどれだけ、時間がかかったと思っているんですか⁉ 一人置き去りで、どれだけ苦労したか……」


 色男青年の言葉を遮るように秋水は宣言した。


「親父、紹介するぜ。俺の最高の親友で最初で最後の愛弟子、石動肇君」


「……は?」


『俺は一生弟子なんて取らない』と公言した息子の紹介に春平は……唖然としていた。

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