第2話 親たちの苦労 斬首編

 数分前まで、警察が老人を逮捕してマスコミがカメラなどで中継し、メイドたちは強制的に帰宅された。


 今、この屋敷にいるのは年老いた刑事と警察官だ。


「……うん、わかった。後から、俺も戻るから……悪いな。頼む」


 猪口はスマートフォンで部下とやり取りをして、一応の仕事は片づけた。


 後は書類関係でパソコンとの格闘が始まる。


――老眼にはきついんだよなぁ


 内心で愚痴る。


 定年はすぐそこまで迫っている。


 人事関係の書類やアンケートなどもあり、多忙と言えば多忙だ。


 ただ、事件と関係ないことに猪口はあまり興味はない。


 と、連れてきた老警察官がいないことに気が付いた。



 彼は屋敷で雪原豹の前にいた。

 

 老警察官は、本当の警察官ではない。


 猪口家と盟約を結んでいるものである。


 本来なら、彼の息子が代が移されるのにいるのは先代である。


「年老いていますから嫌です」と言っていたが「命令ならどうか?」と問うと渋々承諾した。


 それこそ、偽警官、名を平野平春平と言う、は、豹の目を真剣な顔で見ていた。


 その豹もまた、暴れることも唸ることもせず、春平を見ている。


 彼らの空気は緊張に満ちている。


 しかし、逆にとても穏やかでもある。


 昔読んだ話で国境を守る兵士が隣り合い、最初は緊迫していたが、徐々に心を開き合い、片方の兵士が徴兵されるまで彼らはチェスの良きライバルになったというのを思い出す。


 春平は猪口に問うた。


「この豹は、どうなりますか?」


 何の感情もない言葉を春平は口にした。


 猪口は少し悩んで答えた。


「人間を……いくら、希少動物とはいえ、その人間が理不尽な違法者だとしても、人に害をなせば射殺されます」


「そうですか……」


 春平は人に接するように豹に語りかけた。


「今日は満月で月が綺麗だ……おいで」


 すると、会ってまだ一時間もないのに、豹は飼い猫のように春平の後をついていく。



 外は深夜なのに妙に明るい。


 天空を見れば満月が煌々と輝いている。


 邪魔な雲や星の光は少ない。


 春平は厳かに口を開いた。


「豹の王よ。貴殿は誇り高き王が故に人の前で無様に殺されるのは望まれていない。しかし、還る故郷もない。ならば、我が手で冥府に案内し、天空の野で大いに駆けられよ」


 春平の手には日本刀が握られていた。


 音を出さずに鞘から抜く。


 豹の傍に寄り、小さく真言を唱え終わった瞬間。


 ごとりっと豹の頭が落ち、血しぶきが辺りに飛び散った。


 思わず、猪口は身を引いた。


 そこで不思議なものを見た。


 胴体にくっついていた頭、顔と言っていいかもしれない、の表情が実に穏やかだ。


 血しぶきでまだらだが、それは本当に天国の原野で思う存分走っているような、穏やかなものだった。



 猪口は、そのまま東京の警察庁に残り、春平は、これまた何処に隠していたのか、そして、いつ着替えたのか分からないが普通の私服に戻り、猪口が用意したホテルで一泊した。


 翌朝早く、JR干支線で四時間かけて豊原県星ノ宮駅についた。


 タクシーを使い、家に戻った。


 武家屋敷だが、本当は忍者屋敷で今は県指定の重要文化財だ。


 玄関を鍵で開け、土間の水道で手を洗い、うがいをする。


 備え付けの手拭いで手を拭き、土間から直接、靴を脱いで居間に上がり自分の部屋に行く。


 本の山を器用に潜り抜け、寝床であるソファーベットに寝転んだ。


 ホテルのベットもいいが、慣れている自分のソファーベットが一番いい。



 夢を見た。


 不思議な夢だった。


 自分が白い豹の背に乗って青空のサバンナを駆けていた。


 体や顔に風が当たる。


「----」


 豹が何かを言った。


 すると、自分の体は何かに固定され、豹だけが走っていく。


 野を駆けていた豹はやがて、空へ駆け出し、星々になった。


 淋しかった。


 悲しかった。


 ようやく得た友を失ったような気がした。



 目が覚めた。


 人間ではないとはいえ、生き物の命を狩るのは辛い。



『本当の友なんて、人間の世界にはいない』


 古文で見た言葉を思い出す。


 と、台所(土間)からいい匂いがする。


 油で何かを揚げている。


 驚いた。


 二メートル以上の大きな体に真っ赤なタンクトップの上から派手なアロハシャツ、短パン、ビーチサンダル。


 大抵、二メートル越えだとひょろ長い男をイメージするが、彼は山のように大きく筋骨隆々。


「秋水!?」


「おう、親父。目が覚めた?」


 そこには数年ぶりに会う息子がコロッケを揚げていた。

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