征途

 私は一体誰だろうか。私は神に捧げられた巫女ニンゲンであり、神剣フツノミタマであり、また軍神タケミカヅチである。

「巫女よ。天孫の道行を切り裂け。その身を捧げ、神剣フツノミタマになれ」

 神というものは何時も一方的に神意メッセージを伝えてくる。私はそれと比較的会話が成立するというだけであり、だいたいはあれしろこれしろと下知されるだけである。いやだったと言うべきか。

「御意」

 唯々諾々と従うのみ。

「言いたいことがあるのは俺も分かるぞ。俺が出て全部蹴散らせばいいだろ、ってな。そうしてやりたいところだが、俺本体は前回のいくさで全壊した。蘇生に二千年かかる」

「負けたのですか?」

「俺は全然負けてないが?ただ形而下の世界で活動可能な身体が完全に崩壊しているだけだが?だから貴様は神剣フツノミタマとなり、場合に応じて俺自身を降ろせ。済まんがこれしか手がない。二千年も待てる訳ねえだろ。俺たちも人間も」

「私が軍神をですか?畏れ多い」

 私はそんな器ではない。

「俺みたいなのでも強ければ軍神やれるんだから貴様でも十分務まる。あと神剣フツノミタマの設計は別のヤツが追って伝える。頑張れ、負けんなよ」

 軍神タケミカヅチからの神意メッセージを受け、巫女としての私は神剣フツノミタマをこの現世うつしよに降ろすために身を捧げた。肉の身体も魂も全てを神剣フツノミタマに捧げ、神剣フツノミタマは私そのものになった。神剣フツノミタマ軍神タケミカヅチの武そのものであり、軍神タケミカヅチそのものを降ろす目印だ。

 私は大王おおきみの前を遮るものを切り裂く。それが神命ならばと身を捧げた。後悔はない。

 それに私は弱き民草が安寧に生きられる秩序と平和を欲していた。荒ぶる神が急に野山から降りてきて民草を文字通り刈り取っていく世界が嫌いだった。両親もその辺の神に喰い殺されたからな。好きになれる訳がない。その世界を自分の身を捧げることで変えることができるならば、と思っていた。

 神剣わたしの完成により絶大な武力を得た大王おおきみが東に軍を向けた。私はその軍勢の一員として長い旅に出ることになった。九州から奈良への道程は険しかったな。

「もう全部に核落として平らにしようぜ」

「狂を発したか、八咫烏ヤタガラス

「敵が多すぎるんだよクソ」

 私と同じく大王の道行を整える役割を与えられた八咫烏ヤタガラスも東征に苦しみ、安直な手段に訴えそうになっていた。核で犠牲になるのは一番弱い者たちだ。新しい世界で安寧に生きるべき人々を巻き込みたくはなかった。

 私は神剣として多くを切り伏せた。

 とにかく東征は終わり、私は身を隠した。多くの神を斬り、英雄を斬り、そして弱き兵を蹂躙した。弱者を踏み潰すのはうんざりだった。だから私は神剣わたしの力に頼らず人間の手で天下を平らかにしろという願いを込め、眠りについた。

 そして起こされた二十一世紀の日本ははっきり言ってクソだったな。相変わらず弱者がより弱い者を踏みつけていやがる。起こされて早々に完全武装フルアーマー暴走族が下町の狭い道を我が物顔で走り回り、女子供を轢いたり引摺り回しているところを見せられて、気分が良くなれるわけがない。

 誰かの家の上からそんな下界を眺めていると落ち着かなかった。

「そんなに弱者虐よわいものいじめが嫌いなら貴方が守護まもってやればいいじゃない?」

 私を叩き起こした後楽園アトラクエン課長はそう言ってきた。課長は濡羽色の髪を長く伸ばした二十代くらいの見かけの女だった。形だけは。

「そうだな。そうさせてもらう」

 そうして私は暗殺六課の刑事になった。弱者を踏み潰すのは嫌いだが、眼の前で誰かが苦しんでいることを見て見ぬふりはできない。

「ところで貴方のことはなんて呼べばいいのかしら?」

大神オオカミと呼べ」

 

 

 

 

 

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