一文字目は『お』

 リビングのテーブルには人数分並べられた千和特製カレーが用意され、おまけにサラダまである。


「美味しそう……」


 さっきお腹を鳴らしていた美鳥さんは目の前にあるカレーに釘付けのようだ。


「それじゃあ、いただきます」


「えへへっ、どうぞ召し上がれ」


 辛いのがあまり得意ではない俺に合わせて作ってくれた少し甘めのカレー…… うん、やっぱり千和が作ってくれたカレーは美味い! 


「い、いただきます…… っ!? わぁ…… これ、美味しい……」


 少ない量をスプーンに乗せ一口食べた美鳥さんは、驚いた顔をしている。

 団子の時のようにまたゆっくり咀嚼するのかと思ったが、すぐにまた一口、今度はスプーンいっぱいにすくって口の中に入れた。

 その様子を見て、俺と千和は顔を見合わせて笑顔になる。


「優しい甘味とコクがあってとても美味しいです…… 何か隠し味でもあるんですか?」


「えへへっ、実はお店で使ってるみたらしを入れてるんです、桃くんは甘めの方が好きなんでちょっと多めに入れてるんで辛いのが好きな人には物足りないかもしれませんが」


「私には丁度良い辛さです、へぇー、それでこんなに美味しいんですね…… 実は私、最近ご飯が喉を通らなくてほとんど食べてなかったんですけど、このカレーなら美味しくていっぱい食べれそうです」


「それなら遠慮しないでいっぱい食べて下さいね」


 やっぱりまともに食事をしてなかったのか。

 身長が高いのにあんなに細くて軽いなんて普通じゃないもんな。


 その後美鳥さんは、ゆっくりだがおかわりまでして、お腹いっぱいになるまでカレーを食べていた。




「た、食べ過ぎました、お腹が苦しいです……」


「あははっ、いっぱい食べてましたからね」


「恥ずかしいですけど、あまりにも美味しかったのでお言葉に甘えてついつい食べ過ぎちゃいました、それにその前に美味しいお団子を食べて久しぶりに食欲が戻ってきたんだと思います」


 食後、お腹が苦しくなった美鳥さんのために千和は俺のジャージを引っ張り出してきて着替えさせていた。

 足を伸ばしダラダラとした様子だが、リラックスしている証拠だろう。


 しかし脚が長いな…… ジャージの裾が足りてないよ、俺も脚は短くないと思ってたけど、これを見るとさすがに凹む。


「お風呂の準備出来たら遠慮なく入って下さいねー」


「あ、ありがとうございます…… えっ? ここって桃太さんの家ですよね、ご飯からお風呂まで…… 本当にただの幼馴染なんですか?」


「そうなんですよ、家事が苦手な俺のためにいつも手伝ってくれて、千和にはいつも感謝してますよ」


「……普通、幼馴染がそこまでしますか? もしかして桃太さんって鈍感なんですか?」


「えっ? 何か言いました?」


「いえ…… 何でもありません、はぁぁ……」


 よく分からないけど俺の顔を見てため息をつかれた! ちょっとショック……



「じゃあお先にお風呂いただきます」


 美鳥さんが風呂場に行くと、すぐに千和が俺の隣に座ってきた、もちろんくっつくような距離で。


「いっぱい食べてくれて良かった、ふふっ、それにしても美鳥さんって上品で綺麗な人だね」


「そ、そうだな……」


 な、何を急に…… しかも俺の太ももに指を這わせながら言う事かな?


「大人の女性って感じがするね、でも…… ご飯が食べられないって、何かあったのかな?」


「うーん…… あったのかもしれないけど知り合ったばかりの人にそんな踏み込んだ事は聞けないよ」


 千和ちゃん、真面目なお話し中なのに俺の太ももで遊んで、指で文字を書いているのかな? ……なになに、一文字目は『お』、次は……『だ』、『ん』……『ご』? おだんご…… おだんごかぁ……


「そうだね、でもちょっと心配…… ねっ、桃くん?」


 心配、俺も心配だよ? でもね千和ちゃん、いや、カレー食べたばかりだし、ねっ? ちょっとおちんついて…… じゃなくて落ち着いて!


「じゃあ…… んっ」


 唇を尖らせちょんちょんと唇を指さして合図する…… 千和ってこんなに積極的だったか? いや、親父達がいないから遠慮がなくなったのかもしれない。

 でも、まあ…… それくらいなら……




「お風呂上がりましたよ…… っ?」


 お風呂から上がった美鳥さんが俺達を見て首を傾げている、こんなにくっつくような距離で座ってたら不思議に思うよな。


「千和、風呂いいぞ」


「ううん、桃くんが先に入って」


「えっ? あ、ああ…… 分かった」


 美鳥さんが入った直後って何だか気まずいから千和に譲ったんだけど千和が言うなら…… いや、気にし過ぎかな。


 そして湯船に浸かる前に身体を洗っていると


「桃くん、背中を流しに来たよ!」


「ち、千和!? ちょっと、美鳥さんがいるんだから」


「大丈夫、風呂入ってくるって言ったから」


 いやいや大丈夫じゃないだろ、俺が入ってる時に入るって、それはもう……


「別に昨日だって一緒に入ったんだから大丈夫、これくらい普通だよ、普通、気にする事ないよ」


 普通…… なのか? いや、普通では…… でも、風呂入るだけだし、お客さんに気を使う必要もないよな……


「身体を洗ってる途中に入ってきてごめんね? お詫びに私が洗ってあげるから…… 許して?」


 うーん、それなら許してあげるかー。

 んっ? 何だか話がずれてるような…… うん、気にしない気にしない。




「ふぅー」


「えへへっ、スッキリ…… じゃなくてさっぱりした?」


「ああ」


「…………」


 美鳥さんの視線が痛い! 悪い事はしてないはずなのに! ……えっ? じゃあ良い事はしたのかって? ノーコメントで。


「……幼馴染なのに一緒にお風呂? 幼馴染ってこんなものなんですか? でもお風呂だけなら…… いやいや、私がおかしいんですか? うぅっ…… 分からなくなってきましたぁ……」


 今度は悩んだような顔をしている…… 表情が豊かになってきたから元気が出てきたって事だよな、うん、そうだ、そうに違いない! 


「白玉に練乳って合うよね?」


「へっ?」


 突然、千和が意味不明な事を言い出した。

 しかも俺の顔を見ながらペロリと唇を舐めて…… あ、合うんじゃないかなぁ?


「……千和ちゃん、もしかして私に嘘ついてました? でも桃太さんの話を聞く限りそうではないような…… あぁ、混乱してきましたぁ」


 美鳥さん、今度はぶつぶつ言い始めた。

 千和はやたらニコニコして見つめてくるし、あぁもう何なんだよぉ……


「うん、気にしないようにしましょう! 私達初めて会ったんですから、それが一番良いですね、うんうん」


 一人で頷いてるからどうやら納得したらしい、何かに、何かは知らん。


 

 そういえば美鳥さんの寝る場所はどうしよう…… 俺の部屋の向かいだけど、ばあちゃんの使ってた部屋がいいかな? それくらいしかまともに使える部屋がない。

 

 親父達の部屋は…… さすがになぁ。

 何か全体的にピンク色だし、無駄に豪華な大きなベッドが部屋の半分を占領してるし、それに……


「おばあさんが使ってたお部屋にお布団を用意しておいたから、おじさん達の部屋はちょっとねぇ……」 


 千和でさえ言葉につまる部屋なんだよ、親父いわく


『ママは俺のお姫様なんだ! そんなお姫様に相応しいベッドじゃないと駄目だろ? わははっ』


 お姫様って…… 良い歳してあのハートマークの枕は勘弁して欲しいよ、何だよ『YES!』って、NOだよ! NO!


「何から何までありがとうございます…… すいません、それじゃあお先に休ませてもらいますね」


「おやすみなさい、じゃあ私達も寝よっか? えへへっ」


「そうだな、明日も朝早いし寝るか」


「うん、桃くん行こ!」


 あぁ、明日は売れるかなぁ? まずは午前中の分をとりあえず作って……


「ちょ、ちょっと待って!!」


「どうかしました?」


「ち、千和ちゃんはどこで寝るんですか?」


「えっ? もちろん桃くんのお部屋ですよ?」


「も、もちろん!? えっ? やっぱり私がおかしいんですか!? だって二人はお付き合い……」


「幼馴染ですもん、一緒に寝るくらい普通ですよ! えへへっ」


「えっ? えぇぇ…… そ、そうなんですか……」


「はい、そうです! それじゃあおやすみなさい、桃くん、早く早く!」


 ……美鳥さんが呆気にとられた顔をしているが、千和に腕をグイグイ引っ張られ、二人で俺の部屋へ入った。


「もう、美鳥さんは何を驚いているんだろうねー? ふふっ」


「な、何だろうな……」


 千和さん? 服……


「ふうっ、汗かいちゃうかもしれないから…… ふふふっ」


 ちょっと…… あっ! どこを……


「おだんごも食べたいし…… ねっ? 」


 まだ美鳥さん起きてるんじゃないか?


「静かに食べればバレないよ…… 私、もうお腹ペコペコなの、だから…… お願い、桃くん…… わぁ…… おだんごの準備手伝ってあげる ふふっ」


 …………はぅっ!


「…………んっ、おだんご出来たね、食べてもいい?」


 ……あまり音を立てないように食べろよ?


「う、ん…… じゃあ…… いただきまぁす……」













「うぅっ、私がおかしいんですか? おかしくないですよね、あれ!」

 



 


 

 


 

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