第2話 要塞都市と聖霊契約
あれから少し経った後、少女ノアは目覚める。
ハリのある柔らかい太もも。
そうノアはレティシアの膝枕の上で目を覚ましたのだ。
「わっ。」
慌てて起き上がらるもまだ慣れない身体はついていけず体勢を崩す。
「大丈夫ですか。」
「ありがとうございます。」
レティシアに受け止められて体勢を立て直した。
ノアは身体を動かす。
何かを確かめるように。
(背が低い。身体が妙に軽いし。それにさっきだって高い声がした。)
ノアは改めて確認するように身体を見る。
それは少女のような身体。
かつての青年のような強固な身体つきと違って、柔らかく、しなりやすく、胸から腰にかけて凹凸のある身体。
そう、それは正しく。
(まさか……女の子の身体になってしまった……。)
「あ……あの……。」
「なんですか?。」
「僕ってどう見えますか?……。」
「ん?。かわいい黒髪の女の子に見えますが、確認します?。」
レティシアは板状の携帯端末をノアに渡す。
ノアにとってはそれだけでも珍しかったが、手鏡のように扱えるそれは、姿を確認するには十分だった。
透き通るような黒い髪に瞳、整った小顔の女の子。
それが自分の姿とは信じられなかった。
「これが今の僕……。」
ここで世界の裂け目を封印してから遠い年月。
その間に聖霊の分解、再構築を繰り返してこうなった、ととりあえず都合のいい結論を出して落ち着くことにした。
「あの、そんなに見つめて大丈夫ですか?。」
「は、はい……。」
「そんなに自分の顔を見て……もしかして記憶喪失とか……なんて……。」
「た……たぶんそうかもしれません……。」
とりあえずそういうことに誤魔化したノア。
「それならこっちで保護しないと……。」とレティシアはエミリーたちに連絡して報告することにした。
段差を椅子にしてノアとレティシアは並んで座っている。
お互いにぎこちなく、話題の切り出し方に悩んでいる。
2人ともこういうのに弱いのである。
「あ、あの。」
「な、なんですか!?。」
一進一退の攻防。
なかなか進まないものが微速ながら進む。
「僕……わ、私はまだ目覚めたばっかりでよくわからないです。気がついたらこんなところにいて……。」
「そうなんですね……。やっぱりティアメントがこの子を……。」
ティアメント。目覚めてから度々言うレティシアの単語が気になっている。
「あの……。ティアメントって、なんですか……?。」
「あ……あぁ、ごめんね。まだ記憶が混乱しててわからないのよね。そうね。ティアメントって―。」
【ティアメント】とは。
突如として出現した突発性異常魔導生物の総称。
起源がわからず、あるものは古代錬金術の生物兵器といい、またあるものは神が遣わせた天使だと言った。
特徴としては既存の生物、魔物、魔獣、それから神話に出てくるような幻想種。
そして例外なく、全てのティアメントには赤い天使の輪がある。
それを聞いたノアは記憶を探る。
まだまだ記憶の復元は全部できてないものの、ティアメント……に準ずる存在は見たことがあった。
そう、それこそ天使と呼ぶにふさわしい人知を超えた何か、かつて対峙していたそれは魔剣と呼ばれた聖剣によって世界から断絶されたのだから……。
「ノア……。ノア。」
「は、はい。」
「大丈夫です?。」
「大丈夫です。」
「そう。他に何か聞きたいことは?。」
「それじゃあ。今って創世勇者歴何年ですか?」
「創世勇者歴?。今は聖霊ノル歴2023年よ。」
聖霊ノル歴2023年。
創世勇者歴は勇者ノアの封印とともに終わり、100年に続く暗黒時代を経て、聖霊ノル歴となった。
しかしレティシアはそれを知らないし、当然ノアもそのことをしならない。
(聖霊ノル……。まさかあの子が……?。)
微かな疑問を片隅に、ノアはレティシアに連れられて4つの車輪がある馬を必要としない鋼の箱に乗る。
(あれから随分変わったなぁ……。)
ノアとっては未知……異世界そのものだった。
この世界がかつて自分のいた世界と同じだとは頭では理解しても感覚が追いつかなかった。
「ねえ、その子が保護した女の子?。」
「そう。ただ記憶が混乱しているみたいで、ついさっきまで自分の姿がわからなかったみたいだから……。」
「あはは。仕方ないよ。あそこ聖霊深度が深いし、それに聖霊結晶に閉じ込められてたでしょ。それなら記憶の一つや二つとんでもおかしくないって。それよりもあの魔法構造見た!。あれは―。」
「ごめんね……ノア。あの子、エミリーっていうだけど……彼女、結構な変態だから。」
「こら。変態とは失礼な。せめて魔導オタクと呼びなさい。」
「オタクはいいんだ……。」
「オタクはいいのです。」
そんなノアにとってよくわからない会話をよそに車という鋼の箱の魔導具は大地をかける。
しばらくすると、森は開け、海が見える。
それと同時にあるものが見えてくる。
城ぐらいの大きさの建物がびっしり詰め込まれた銀色の街。
「あれはなんですか?。」
「あれはね。ティアメントに対抗するために作れれた移動型要塞都市。第三新聖霊要塞都市【セル・ビナー】。私達が住む街。そしてこれからあなたが住む街よ。」
第三新聖霊要塞都市【セル・ビナー】に着いたノア達は中央の建物。聖霊勇者学院であり、この街を統括する艦橋である【アーク・ノル】。
銀色の塔のような建物の持つ巨体さはさながら魔獣のよう。
緊張感で身体が強ばる。
「大丈夫ですか。ノア。」
「うん。大丈夫。」
「それじゃあ。私はこれで。」
「うん。ありがとうエミリー。」
「買い物して帰ってくるのであとはお2人でごゆっくり〜。」
エミリーは車でさっさと去ってしまった。
転々とする出来事に戸惑いながらもノアはレティシアに連れられて4階ぐらいの建物に向かった。
ここは遺跡などで発見、保護された者を確証が得られるまで入れられる施設。
つまり安心して迎え入れるための一時的な隔離施設である。
「明日の検査までにここに居てもらうけど、大丈夫そう?。」
「はい。ありがとうございます。」
勇者やっていたころもこういうのはよくあったので別に問題ではない。
むしろ問題なのは……。
「……。あれ……。」
「大丈夫ですか?。」
「うん……。大丈夫よ……。ノアは気にしないで……。」
少しよろけたり、壁によたれかかったり、少し呼吸が荒くなったり。
(そろそろか。)
ノアは知っている。彼女の状態を。
そうしたのはノアなのだから。
あんなされた部屋に入る。
レティシアはノアの保護責任者として検査まで一緒に居ることになってる。
「ノア。お風呂入ってきたらどうでか?。」
「うん……。そうする……。」
部屋に併設された風呂場に行く。
羽織ってたものを脱いで、風呂場の縦長の鏡を見る。
「ごめんさい。」
思わず顔を覆ってしまうノア。
勇者時代ですら女の子の身体に躊躇するのに今度は自分の身体そのものだ。
(って、今はこの身体が僕……私の身体か……。早いこと慣れないと……。)
とはいえある程度抵抗が強い。
特に小柄で、年相応の凹凸のある身体にはまだ慣れない。少し前まではノア自身の手で守ってた存在だったからだ。
(13歳ぐらいだろうか……。胸は手に収まるくらいか……。改めて自分の身体じゃないみたい……。自分の身体なのだけどね……。)
ガラッと風呂場の扉が開く。
入ってくるのはレティシア。
彼女はノアが風呂の扱いに慣れてないのだろうと思い、一緒に入ろうと思ったのである。
それに彼女から見たら最初から女の子のノアなので抵抗はない。
(レティシアさん。裸で……。ってそうか……。今の私は女の子か……。それにしてもおっぱ……胸が大きい……。私よりもひとふた周りくらい……。いやいや。こんな目で見てしまっては……。でも……。)
この勇者。かなり初心である。
それと男の子としての欲求がより身体の言い訳を加速させる。
それからノアはレティシアに身体を洗ってもらってる。
正直美少女に身体を洗ってもらうのは何度も妄想した事のあるノア。
(この身体になって良かった。)とただならない感謝をしている。
ガタッと何かが倒れる音。
ノアが振り返ると、糸の切れた操り人形のように倒れるレティシア。
桃色だった髪は透き通った黒髪へと変わり、呼吸も途切れている。
(これは……。限界か。)
ノアはレティシアを蘇生した。
だがそれは一時的なもの。
今がちょうど時間切れのところだった。
(……。仕方ない。やるか。)
ノアはレティシアの口にキスをする。
深く。深く。
何かを流し込むように。
すると透き通るような黒髪が桃色の綺麗な髪に戻って、レティシアは目覚める。
「あれ……。いったい何が……。」
目覚めて困惑するレティシア。
途切れた意識が特に違和感もなく復旧したのだ。
そして、レティシアはノアの身体と自分の身体を見る。
2人とも胸元にひし形状の模様が刻まれている。
ノアは上半分。レティシアは下半分といった感じで別れて刻まれていた。
「ノア。これは。」
「レティシアさん。ごめんさい。」
「ノア……。」
「私はレティシアと聖霊契約をしました。」
「聖霊……契約……。」
「はい。レティシアを救うために。」
「救うためって……。あれ……。」
レティシアは思い出した。
あの日。自分が刺されたこと。
そして命をおとしたこと。
「でも……。なんで……。」
「私の命を分け与えました。」
「命を……。」
「そう。そしてあなた……レティシアは、ノアの聖霊となることで今、生きています。」
「そう。そうだったの〜。」
「レティシアさん……?。」
「あぁ〜、心配した〜。ノアがもっと無茶しちゃったじゃないのかって心配で。」
「他にないのですか……。」
「他に?。」
「こんな身体にしてーとか。」
「ないよ。」
「元に戻せとか。」
「なんで?。」
「ん??。」
もっと嫌な顔されるとか思ってたノアはしばし困惑していた。
大抵こういうのは拒絶反応が出るもので、返って心配されることはなかったのだから。
「ありがとうね。ノア。」
「いえ。私はただ、レティシアさんに生きていて欲しかっただけです。」
「そう……。」
そこからしばらく2人で抱き合った。
お互いを確かめ合うように。
それから、この後2人で一緒に寝たベッドでノアがレティシアの抱き枕になったのはまた別のお話。
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