10 競馬じゃ歳の差なんて関係ないんだから

 世では、独居老人の自殺と、若者の絞殺事件頻発が話題になっておるそうじゃ。


 ワレはワレ。

 関心はない。

 倭の国ができて以来、数千年の長きにわたり戦に明け暮れ、ようやく数百年ほどの安寧があったかと思うと、またぞろ戦争にのめりこんだ。

 今は太平じゃが、だからこそ、年寄りが死んだとか女人が何人か殺されとか、話題になっておるらしい。


 今、ワレが見ておれと言われているこの連中。

 まったく普通の平凡な若者。

 特別でもなんでもない。

 つまらぬ。

 なぜ、こんな仕事が。


 や、また増えたぞ。


 この女子(おなご)だけは、なんとなく、気に入っておるがな。

 名だけ。

 雅な名じゃ。


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「どう? 調子は?」


 フウウカは金髪のポニーテールをピョンピョン揺らしながら、駆けてきた。

「みごと的中?」

「ムリムリ。あんな無茶苦茶なレース」


 しっかりした体躯を持ち、額に汗までかいている。

 今日もセンスのいい黒っぽい服装。温泉旅館を出た時からすでに着替えて、ドレッシーだ。


「先生、おはようございます。どうでした? 札束、ゲット?」

「一攫千金のために競馬やってるわけじゃないんでね」

「ですよね!」


 フウウカはふっくらした愛らしい頬をすぼめた。

 まだ青いレモンのように微笑んでみせる。

 以前の肥満はすっかり影を潜め、顔にのみその名残を見せる。

 だが、濃いめの化粧が、ちょっと今風ではない。


 美人の部類に入るし背も高いので、ハルニナやランと同じように目立つ方だが、今、パドックの周りに集まった人の関心を引くことはない。

 目の前を歩く馬に興味があるからだが、先ほどのレースが大荒れとなり、その余韻も残っている。一体いくらの配当が付くのかと、電光掲示板にくぎ付けになっている者も多い。



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 ワレはこんな繊細すぎる馬に興味はないが、馬の中にはワレの姿を認めて、情緒不安定になるやつもいる。


 人気筋が総崩れになったとしても不思議ではない。

 誰も知らぬだろうが。

 あやつら以外には。


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「ハルニナって、どうしていつも消えるかな」

 ジンがパドックのフェンスをレースプログラムでバシリと叩いた。


「せっかく競馬場に来てるのに、参加するのはいつも数レースだけ。合宿にも来ないし。意味わからないし」

「今日の目標利益出たからじゃない?」と、フウウカ。

「えっ、今の的中した?」

「馬単だったみたい」

「ええっ、それって大の何十万馬券! 十二番人気、十八番人気の組み合わせだよ!」

 ミリッサは言った。

「あいつの口癖。馬が教えてくれる。俺の教えに忠実だからな」

「そんなあ!」


 フウウカは、「さすがよね」とハルニナを称えてから、パドックを見つめた。

 いつものように予想誌は持たず、無料で配布されている出馬表とパドックの馬とを見比べている。

 ジンが、「アイボリーの実家、どうだった?」と聞くが、応えはどことなくつれない。

「実家じゃない。住んだことないって。昨日、言ったじゃない」

「新たな発見は?」

「興味ある?」

「ない」



 昨日は、サークルの秋シーズンの始まりに先立つミニ合宿。

 北陸の温泉宿に一泊旅行。

 今朝一番の列車で帰京し、京都競馬場に直行してきたのだ。

 フウウカだけは用があるといって、温泉ホテルの前で別れたのだった。


「ねえ、用はなんだった?」

「だから、興味ある?」

「ない」


 フウウカは四回生。ひとつ下のアイボリーと仲が良い。

 前もって約束してあったようで、彼女の用事に付き合ってやったらしい。

 祖母が住んでいた家に向かったということだった。


「アイボリーはもうとっくに競馬場に来てるよ。フウカ先輩、何してたんです?」と、ジンはしつこい。

 フウウカは言いにくいので、単にフウカと呼ばれるのが常だ。

 ミャー・ランを単にランと呼ぶのも同様。

「先輩って呼ばないで。競馬じゃ、歳の差なんて関係ないんだから。私は私で、ちょっと寄り道」



 フウカの言うように、ミリッサは先輩後輩の関係をサークルに持ち込むことを禁じている。

 三回生と四回生のみのこんな小さな所帯で、いかなる形でも上下関係が生まれることは好ましくない。

 しかも、競馬。誰が勝者となるか、その日の運。

 フラットな関係でいるに越したことはない。


 ジンもそれはよく理解している。

 フウカはサークルの部長。貫禄もある。

 秋の部活の初日とあってつい、口が滑ったというところだろう。

 ミリッサも、ジンに軽く批判の目を向けただけで、パドックに目を戻した。



 と、渋い声がした。

「警察が来ている」

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