6 プロローグ 五 ところであなた

「ところであなた、あそこで何をしてたんです?」


 刑事に何度聞かれようとも、応えることはできない。

 それが己の身に極めて不利になることはわかっている。

 それでも、事の経緯を説明し、なぜ白骨死体を発見したかなど、言えるはずもない。


 応えなければ、刑事達の頭に、犯人は犯行現場に戻ってくるというジンクスが浮かぶ。

 しかし、信じてもらえないことをいくら声高に説明しても、状況は悪くなるばかり。


「話せないのです」

「なぜ、です?」

「わかりません」

 などというやり取りを続ければ続けるほど、己が首を絞める。


「あなた、大学の先生ですよね」

「そうです。講師をしています」

「大学の裏山に登る、そんな授業があるそうですな」

 と刑事は仕込んできた情報をチラと見せる。


「つまり、あの山には何度も入ったご経験があるってわけだ」

「そうです」

「あの仏さん。今、確認中ですが、あなたの授業を受けてた学生だったそうですな」

「……」

「彼女と、裏山に登る。特別おかしなことでもなかったわけだ」

「違います。授業で行ったのは一度きりですし、いえ、彼女が受講していた授業では、という意味です。それに」

「それに、なんです?」

「彼女が卒業してから、結局、雨やなにやで、一度もその授業はやっていません」



 兵庫県警の警察署の一室で刑事の尋問を受けていた。

 逮捕されたわけではないが、重要参考人として留め置かれている。


「それでは、もう一度お聞きします。死体の発見当時の状況を」

「もう何度も」

「ええ、なんども同じことをお聞かせ願うのは刑事の習性ですので」



 パンツのゴムが緩くて気持ちが悪い。

 しかし、もうそんなことを気にしている場合ではない。

 これで三度目の、肝心なところは伏せた説明をしながら、どうすればこの危機をやり過ごすことができるか、考えた。


 ただ、疲れ果てている。

 しかも眠い。

 焦点が定まらぬ思考が空回りするばかりで、妙案が浮かぶわけでもない。

 こうやっていつしか、誘導尋問に掛かるんだろうな、などとつまらないことだけが頭の中を巡る。



「で、私は待ちました。誰かが来てくれるのを」

「守衛の男性が見つけてくれるまで、あそこにずっといた。そうですな?」

「そうです」

「ずいぶんと気長すぎる行動ですな」

「待つしかなかった。何度、言わせるんです」



 確かに、刑事が言うように、白骨死体を見つけた時の恐怖や驚きに照らせば、フェンスのドアの向こうで何時間も蹲っていたのは奇異に映るだろう。

 しかも時折雨が降る夜明け前に。


 しかし、それしかできなかったのだ。

 あらゆる電子機器は放電していて連絡のしようもない。

 フェンスはどう探しても乗り越えられるところはない。

 陽が昇り、気づいてくれる時まで、濡れた体を丸めて座り込んでいるしかなかったのだ。



「いい加減、自分のしたことを認めたらいかがです?」


 ついに来た。

 白状しろと。


「あなたの話は辻褄が合いません。というより、隠されていること、抜けているところが多すぎて全貌が一向に掴めない」

「……」

「ここで何泊もするのは、気がすすまれないでしょう」

「当然だ」

「なら、すべて話されたらいかがです?」

「……」

「それにあなた、数カ月前、競馬場で起きたあの事件にも関係されているんでしょう。あれもまさに、あなた、現場におられた。そしてあれも、先生、あなたの教え子」

「いい加減にしてくれ……」

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