4 プロローグ 参の二 愛。LOVE、ラブ

「これで作ってくれ」

 女がそう言うと、老婆は錦のお守りのような小さな袋をつまみ上げると、こう問うた。

「何と封する」


 女は少し迷ったが、きっぱりと応えた。

「愛」

 案の定、目を上げた老婆の顔が引きつったかに見えた。

 白髪がさらに乱れた。

「なんじゃと」

「愛。LOVE、ラブ」


 実際は迷っていたわけではない。

 この言葉に決めてはあった。

 ただ、やはり照れくささがあった。


「おめえ、これがなにか、わかっておるのか」

「ああ、知っている」

「いいや、知らぬのじゃろう」

「知っているから頼みに来た」

「これらはみな、なにものかを封印するためのものぞ」


 老婆が、並んだ品々の上に手を泳がせた。

 すすけた着物の袖からむき出しになった、痩せ細った腕に青筋が網の目のように浮き上がっていた。



 村を貫く細く曲がりくねった小径の突き当り。

 雑草が生い茂る。

 ウンカが顔に当たる。

 この先はもううっそうとした暗い杜。

 巨大な椋木の枝が小屋を覆うように伸びている。

 この木の葉は秋が来ても落ちることはない。


 小屋に住む呪術師。

 平安の時代からここで、この商いをしているという。

 とすれば、元は人か。

 どうでもよい。



「まあ、よいわ。おめえ、たかが齢七十ほどであろう。小娘ならそういう言葉を好むやもしれぬわい」


 老婆の前には、黒や白の玉石、きれいに表面を削られた色とりどりの木片、水晶玉や様々な布製の袋、固く閉ざされた二枚貝などが並べられてある。

 翡翠の勾玉、石製の箱や木箱、石刃、不思議な文様が描かれた円形の青銅の板なども、一段高い棚に並べられてある。


「で、何物を封するつもりじゃ。お代は前金でいただくぞ」

「ええ。でも、少々細工も頼みたい」

「ん?」

「この紐を通してほしい」

「んん?」

「ほら、首に掛けられるように」


 老婆は今度はっきり嫌な顔をした。


「おめえ、そんなことをして何に使うつもりじゃ。これは」

「わかっている。妖や動物、霊魂や気と呼ばれる力、精霊や神仏までも、そこに書かれた言葉によって封印することのできるもの、だろ。で、もう一つ細工を」


 呪術師の顔がますます歪む。


「封印するんじゃなく、住まいとすることもできるわけだろ」

「いったい、おめえは」

「私の住まいにする。わかったら、さあ」


 老婆の歪んだ顔が徐々に憐れみを帯びてきた。


「やれやれ、今時の若いもんは何を考えておるのか」

 と、老婆は小屋の奥へと消えた。


 待つことしばし、「入って参れ」と、厳かな声。

「一糸纏わぬ姿ぞ」

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