2 プロローグ 弐 ワレはワレ

 ワレは、世にいう妖。

 ワレはワレひとりゆえ、名はない。

 生まれは吉野大峰、行者還の山中。

 はるかな昔。もう覚えはほとんどない。

 ワレはワレとして生じたか、何かが変化してワレとなったものか、それさえ定かでない。


 ワレの手も足も五本指。

 全身が白銀の長い毛に覆われている。

 鏡や水には映らぬゆえ、ワレはワレの顔を見たことがない。

 霊験あらたかな鏡や、神秘の清水であれば映しだすやもしれぬが、ついぞそのようなものは目にしたことがない。


 猿だといわれる。

 この世に生まれ落ちた時はそうやもしれぬが、今、ワレはワレなり。


 ワレをワレとして認めることができるヒトはほとんどおらぬ。

 晴明が死したとき、日ノ本の妖を集め、京は三条の河原で賑々しく宴を開いたころには、ヒトはワレを見ては恐れおののいておったものだ。

 じゃが、ここ百年ばかりの間に、ワレを見ることのできるヒトはほとんどおらぬようになった。


 ワレは齢を重ねている。

 眠っていることが多い。

 大正天皇様の時代、ふとまどろんだつもりが、気が付けばそのひい孫様が天子様になられていた時にはワレながら驚いた。



 そんなワレにも、今、ある仕事が与えられている。

 こやつらを見張れと。

 むろん、天子様からではない。

 われらが棟梁、お館様から。

 そして、ある小娘から。


 あの小娘、見かけはそうであっても、あれの「気」はただ者ではない。

 いずれワレと同類のものであろう。



 ワレは眠り上戸だといっても、聞き入れてくれなんだ。

 押し付けられてしもうた。

 力には逆らえぬ。


 どうでもよいわ。

 ワレはワレ。

 あやつの召使いではない。


 見聞きしたことを小娘に話すのだが、実際、それはごく一部。

 何しろ……。

 やあ、また瞼が落ちてきよった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る