孤児院の魔改造開始
「おや、ロイ君どうしたんだい?」
「こんにちは、ゴロッソ先輩。あれからどうなったのかと話を聞きに来ました」
「ああ、そのことを伝えないといけなかったね」
ゴロッソ先輩からの話では、あの令嬢は修道院で今後を過ごすことになるらしい。俺への詫びは領地の特産品などを優先的に取引してくれるとのこと。
残念なことに、一部の領地は王家預かりとなってしまい、ブラックカウの肉がある村は王家の直轄地という扱いになったそうだ。
王妃様は私費で村を拡張するらしく、俺がというよりは、ロイヤル商会が村から肉を買うことで投資した資金を回収するつもりのようだ。
ついでに、直轄地の土地は余っているので、何か面白いことを思いついたら土地を貸し与えるという話もされた。
「伯母上は君に期待しているようだよ。本来は土地を貸すなんてことはないからね」
「期待がとても重いです……」
「まあ、頑張ってくれ。話はそれだけかい?」
「ちょっと相談があるんですが、お土産があるので、食べながら話しませんか?」
「お? じゃあ、美食クラブの料理人に頼もうか」
「調理手順も書いてきたので、美味しく焼いてもらえるはずです」
俺はお土産を料理人に渡して、出来上がるまでの間に調味料と小皿を用意した。
今回持ってきたお土産はウチの商会で扱っている餃子だ。ラー油も完成したので、酢醤油にお好みで入れてもらうつもりである。
焼きあがった餃子が運ばれてきた。美食クラブのメンバーや料理人にもおすそ分けして、俺とゴロッソ先輩は個室で内緒話だ。
「うん、実に香ばしい香りで美味しそうだ。これはあの食堂の人気の商品だろう?」
「そうですね、ウチの看板メニューです。こちらの小皿に酢醤油を作ってもらって、辛いのが平気であれば、こちらのラー油を酢醤油に二、三滴加えてください」
「へえ、これは調味料なのかい?」
「はい、ようやく満足する味になりました」
「では、まずはそのまま食べてみよう」
ゴロッソ先輩はすでに箸が使えるみたいだ。きっと祖母経由で王妃様から教わったんだろうな。
焼きたてなので少し熱そうに食べているが、気に入ってくれたようだ。
「うん、美味しい。そのままでも味付けがされているんだね。皮の焦げ目がパリッと焼かれていて、モチっとした皮の部分の触感がとても面白い」
「次は酢醤油でどうぞ。酢と醤油の割合は好みで入れてください」
「ふむふむ。酢醤油をつけると、サッパリとした味わいになるのか。私は酢を多めにした方が好みだな」
「では、最後にこちらのラー油をどうぞ。入れすぎると辛くなるので注意です」
「おお、これはいいね! サッパリとしてる中に刺激があって、これも美味しい!」
「満足していただけたようでよかったです。では、俺もいただきます」
どうやら、あの料理人はちゃんと調理手順通りに焼いてくれたようだ。たぶん餃子を焼いているところに水を入れるのには勇気が必要だったと思う。
料理人にはいい経験になっただろう。これからブラックカウの肉を扱うとなると、もっと困惑するだろうからね。
ゴロッソ先輩に孤児院の改良と孤児たちに仕事を任せたいという話をして、孤児院は王家の預かりだからと相談すると、思いがけない言葉をかけてくれた。
「それを私に相談したのは正解だね。王家に連なるものとして、孤児院の管理は私が任されているんだ」
「そうなんですか!?」
「たまに私が直接、孤児院に視察にも出ているくらいだからね。それで? どういう計画を立てているんだい? 管理者として、先に話は聞いておきたい」
「実は……」
俺は孤児院の改修工事と宿舎の建設、その後に孤児たちにはそれぞれに向いている仕事を任せていくつもりだと詳細に話す。
王妃様からいずれは土地も借りたいという話もしておく。こちらにもたくさん人手が必要なのだ。
「なるほどね。そこまで計画が立っているのならいいよ。伯母上に土地を借りたいという話もしておこう。そちらの計画は計画書を作ってくれるかい? さすがに土地を貸すというほどの大事業だ。半端な計画で頓挫されるわけにはいかないからね」
「わかりました。計画書を用意しておきます」
「じゃあ、修道院には部下を派遣しておこう。五日後でいいかな?」
「そうですね。それくらい余裕があるとこちらも準備が出来ます」
「では、五日後。商業ギルドに部下を行かせよう」
「ありがとうございます」
これで色々と種は撒けた。あとはこれを育てるために準備するだけだ。
五日後までの間に孤児院の計画と土地を借りての大事業の計画書を書き始める。
学園にはほとんど授業を免除するための試験を受けに行くだけで、家と商業ギルドを行き来して計画を詰めていく。
クラスのみんなにはそれとなく今後のクラブ活動の話はしているが、本格的な話はまだしていないので、早く計画を立ててしまいたい。
シャルロッテもクラスメイトの勉強を見て、試験を合格させるという手伝いをしてくれている。俺を陰から支えようという気持ちが伝わったので、頭をなでておいた。
今度ゆっくりと時間を取って、二人でお茶をしようと約束した。
五日後、孤児院にゴロッソ先輩の部下と商業ギルド長のセリアさんと共に訪れた。
孤児院では元気な子どもたちの声が聞こえる。馬車が孤児院の前に止まったため、子どもたちが遠くからこちらを興味津々で見ている。
ちょうど近くにいた男の子に孤児院長はいるかと尋ねると、彼はコクコクと頷いて孤児院の中に走り出した。
しばらくすると、子どもたちに囲まれた孤児院長が現れた。年齢はまだ若く見え、エメラルドグリーンの瞳は優し気に細められている。
「ようこそ、孤児院へ。今後の孤児院に関わることだと聞いています。とりあえず、中にどうぞ」
孤児院の中は思ったよりも綺麗だ。だけど、あちこちの壁や家具が老朽化で傷んでいる箇所が見受けられる。
これは大工と相談しないとだな。どこをどれだけ残して、建て直すかを話さないといけないかもしれない。
「自己紹介がまだでしたね。孤児院長をしているフラウと申します」
「これはご丁寧にどうも。私は商業ギルド長のセリアです。こちらはロイヤル商会のオーナーのロイ様です。今回の用件はロイヤル商会から孤児院の改修と増築する話と、子どもたちへの仕事の斡旋です」
「まあ!? それは大変ありがたいですが、許可は出ているのでしょうか……?」
「フラウ殿、私がここにいるのがその証拠だ。今回の件、許可は下りている。事前に計画も聞いて、無理のないものだったから安心してほしい」
「王家からも許可が下りているのであれば、問題はないのですが……」
「何か気になることでも?」
「どうしてそこまでしてくれるのかと。いくらなんでも孤児院に利点しかないので、少し不安になります。騙されているのではないかと……」
「今回のことは、趣味と実益を兼ねてるんだ。シスターフラウ」
「趣味と実益、ですか?」
話のほとんどをセリアさんに任せようと思っていたが、相手が不安に思っているのなら、正直に話した方がいいだろう。こちらはほぼ善意だからな。まあ、多少は役に立ってもらおうという下心がないわけではないが。
ここは誤解のないようにちゃんと説明しよう。
「それだけでは納得できないでしょうから、少し詳しく説明しますね。まず、孤児院の改修の件ですが、こちらは職場として作り直そうと思っています」
「それでは子どもたちの寝床が……」
「安心してください。先に子どもたちと従業員のための宿舎を建設予定です。宿舎は男女別になるように作る予定で、宿舎を建設してる間に、孤児院を調査して改修計画を立てる予定なんですよ」
「それはわかりました。子どもたちに仕事を斡旋してくれるというのはどういうことですか?」
「現在、ロイヤル商会の専属としている工房で、人手が不足しています。それを補うためです。向き不向きを見て、仕事は割り振りするつもりです。正直、しばらくの間ずっと人手不足に悩みそうなんです。ある程度の年齢にある即戦力の人材も欲しい。さらに、若いうちから仕事を覚えさせて、商会で人材育成するためです」
「……子どもたちに無理はしないとだけ、お約束していただけますか?」
「それはもちろん。使い潰すつもりなんてありませんからね。若くても大切な従業員です。体力の限界もありますから、最初は出来ることを少しずつ覚えてもらいます」
「それを聞いて安心しました。孤児院と子どもたちをよろしくお願いいたします」
よかった、納得してもらえたようだ。あとは各種書類の確認をしてから、大工たちの派遣だ。
大工の方はセリアさんから紹介してもらえた。彼らは柔軟な思考で俺の提案を受け止めて、提案をよりよく修正しながら宿舎の建設に活かしてもらえた。
孤児院の方はだいぶ傷んでいるらしく、中はほとんど壊して作り変えてしまうことになった。多少時間がかかるみたいだが、大工たちからすればこれだけの敷地を自由に作り変えていいというのが楽しいらしい。
なんだか孤児院が魔改造されそうな予感がする。最新の技術を入れたかったんだとか呟いてたぞ。作るのは工房なのを忘れないでもらいたい。
孤児院の方は大工たちに任せることにしたので、次は商業クラブのメンバーとなるクラスメイトたちに今後の活動内容を伝えないといけない。
女神様の依頼、文化の発展を促すためにやりたいことがたくさんあるんだ。
ゴロッソ先輩に土地を借りたいという話もしたので、そっちの計画も進めたい。
マッサージ店の二号店や貴族向けの食堂も同時に進めないといけないしで、身体がいくつあっても足りない状態でつらい。
俺の思い描く未来図を伝えて、あとはクラスメイトに丸投げしてしまうか?
……うん、それがいい気がしてきたな。
卒業するための彼らの実績作りになると思うから、頑張ってもらおう。
明日は学園に行って、勉強の進捗の確認して、それから話し合いだ。
彼らの将来に関わることだから真剣になってもらおうか。
俺が楽したいだけという側面があるのは、彼らには絶対に内緒だ。
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