依頼に、交渉に

 あれからステラは寮のお姉さまたちに化粧を学んでいるそうだ。

 もちろん、異常に濃い化粧なんかではない。化粧しているかなとわかる程度だ。

 たぶん、香水もふんわりと香る程度につけている。


 この調子では卒業するくらいにはもっと美人になって、男性がたくさん寄ってくるだろうな。フェイが頑張らないと誰かに先を越されてしまうだろう。

 おせっかいだとは思ったけど、いつかのために金を稼いでおいた方がいいだろうと思って、フェイに課題を出しておいた。


「ロイさん、これはなんですか?」


「俺が考えている最中の対局時計なんだけど、フェイにはこれを改良して完成させてほしいんだ。色々やることが増えて、考える余裕がないからフェイに任せたよ」


「じ、自分がこれを完成させるんですか!?」

「欲しい機能はそこに書いてある通りだ。じゃあ、任せたよー」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

「悪いな、俺は今期の授業は全部免除されたんだ。だから、頑張ってくれたまえ」


「そ、そんなー!」


 俺は笑って手を振りながら、フェイに課題を押し付けて、もとい丸投げして教室を出ていく。

 シャルロッテはマロッティやステラたちの勉強を見ているため、今日は別行動だ。

 彼女のそばにはエスティとクゥ、それにリリィがいるから安心している。


 実は、ピュムはまだ学園には連れて行っていない。進化したため、王都のギルドで安全を確認してからだと言われてしまったのだ。

 そのため、今日は王都のギルドに来ているのだが、そこで懐かしい顔と出会った。


「アビー師匠、ニーナ師匠!」


「おお、ロイじゃないか!?」

「アビー、もう私たちは依頼を受けていないんだから、敬語は必要よ」


「ニーナ師匠、いいんですよ。俺にとって、お二人はまだ師匠ですから」


「ほら、ニーナ。ロイはこう言ってくれてるよ? 嬉しいねえ」

「まったく……。でも、まだ師匠と呼んで、慕ってくれるのは喜ばしいことですね」


「お二人はどうして王都に?」


「安定した仕事を探しに来たんだよ」

「コルディヤでの家庭教師の仕事も終わりましたからね」


「なら、うちで働きませんか? マッサージ店をやっているんですが、今度二号店を出すので、そっちの護衛を探していたんですよ。従業員が女性ばかりだから、受けてくれるととても助かります」


「あのロイヤル商会って、ロイがオーナーをやってるのかい!?」

「それは私たちも助かりますね。指名依頼を出してもらえますか?」


 師匠たちに護衛の依頼を受けてもらえてよかった。

 腕の立つ女性の護衛なんて、探してもなかなか見つからないんだよね。

 雇用条件とかを話し合わないとだけど、先にこちらの用件を済ませよう。


「わかりました。任期や給料もあとで相談させてください。ちょっと先に、ピュムの安全確認をしてもらわないとなんで……」


「ピュムって言えば、あのスライムかい?」

「懐かしいですね、よく魔力で餌付けしていたのを思い出します」


「お久しぶりです、マスターの師匠さんたち!」


「え!?」

「これはまた……」


「えっと、あれからまた進化してしまって、名づけるなら種族名はスライムピクシーでしょうか? あはは……」


「いやいや、進化ってレベルじゃないだろ!?」

「しゃべって意思疎通が可能なスライムなんて聞いたことがありませんよ……」


「まあ、不思議でしょうけど、慣れてもらうしかないですね」


「これはかなり危険だよ。ここまで珍しいと拉致される可能性が高い」

「主人とスライム、そのどちらもが狙われてしまいます。なので、無暗に人前に姿を現すべきじゃないです。スライムの身体もあるみたいですし、その中に隠れることは出来ませんか?」


「マスターが危険なのですか!? なら、普段は隠れておきます!」


 そう言って、ピュムはスライムボディに沈んでいった。

 まあ、昼間っからギルドで飲みつぶれているダメダメな冒険者なんかに、ピュムが負けるとは思えないんだけどね。

 俺のことを気遣ってくれる優しい子だから、スライムボディに隠れたんだろう。


「普段はそうやってジッとしてな」

「テイマーとして魔力が繋がっているのなら、念話が使えるはずです。それで会話が出来るはずですよ?」


「念話ですか? 試してみます。『ピュム、聞こえる?』」


『聞こえるのです、マスター!』


「念話も出来そうです。助言ありがとうございます、ニーナ師匠」


「ふふっ、まだまだ師匠としてお役に立てそうですね」

「……アタシは護衛の方で役に立つとするよ」


「不貞腐れないでくださいよ、アビー師匠。期待してますから」


 このあと冒険者ギルドでピュムの安全確認をしてもらい、学園から持ってきた書類にサインをもらった。師匠たちとも雇用条件を話し合い、指名依頼を出して、ここですることは全部終わったな。


 さて、夕暮れまではもうちょっと時間があるな。

 細工工房に顔を出しておくか。頼みたいこともあるしな。




「もうこれ以上は手一杯ですよ、ロイ様! 人手と場所が足りねえ!」


「あー、そんなに大変なの?」

「ええ、あれから特注の製造依頼がたくさん来てるせいで、普段受けるような仕事は全部断って、他に回してる状態ですぜ? そっちに人手は取られるし、工房が狭くて資材を置く場所にも困ってるんですから……」


「いつの間にそんなことに……」

「まさかこんなにも売れるとは思いませんでしたよ。最近は遊ぶ暇もないんですよ」


「そこは寝る暇だろ……」


 うーん。にしても、工房が狭いのか。どこか土地を探さないとダメかな?

 商業ギルドで聞いてみるか。あっ、一応依頼の話はしておこう。


「一応、依頼の話をしておきたいんだけど、ここは細かい金属は扱うの?」


「それはうちらの領域じゃないですね。金属は鍛冶工房に頼んでくださいよ」

「そっか。じゃあ、工房を作るとなったら、ウチの専属扱いになるのかな?」


「そうですね。そこまで行くと、ロイヤル商会の専属って話になりますね」

「人手は即戦力の方がいいの?」


「もちろん、可能なら即戦力がいいですよ? けれど、長い目で見るなら若手の育成もした方がいいと思います。専属となるなら、働き方も違うでしょうからね」


「わかった。商業ギルドで新しい工房の土地と人手を探してみるよ。出来れば、鍛冶工房も一緒に入れるくらい大きな場所があるといいんだけど……」


「その条件だと難しいでしょうねえ。思いつく場所はあるけど、交渉でどうにかなるものでもないと思います」


「一応あるんだ、そういう土地が」

「ありますね。まあ、詳細は商業ギルドで聞いてくださいよ」


「わかった。あ、そうだ。前に言ってた奴の試作があったら、ウチに送っておいて」

「わかりました。あとで休憩中の奴に送り届けさせます」


「そこまで人手が足りないのか……」


 本当に人手不足が深刻のようだ。早くどうにかしないと、そのうち工房のみんなが倒れてしまう。




「その条件ですと、孤児院の土地が最有力候補になりますね」


「孤児院、ですか?」

「はい。川が近いので鍛冶工房向きですし、近隣とのトラブル防止のために、孤児院自体が周囲の住居とも離れています」


「うーん、孤児院はさすがにちょっとなあ……」


 商業ギルドに来て職員に相談しようとしたら、セリアさんがちょうど出てきて俺の担当をしてくれることになった。

 そして、今の話になった。さすがに孤児院の土地を買い取ってしまうのは、いくらなんでもやりすぎなのが、スライムにもわかるほど明白だ。


 だけど、孤児院か。土地をそのまま買い取るのはまずいとしても、孤児院の機能と工房の機能を両立できるのであればいいのかもしれないな。

 孤児院は改修されて住みやすく、さらに工房で働き口を確保できる。工房は人手の増加、それと広い工房を手に入れることができる。


 どちらにも利益がある。これは交渉次第ではいけるかもしれない。

 まずは住居となる宿舎の建設する。それから、今の孤児院を工房として使えるようにする。実際に見てみないとわからない部分もあるし、孤児院の責任者と管理者にも話を通す必要があるな。


 とりあえず、セリアさんにこのことを相談してみるか。


「案としては悪くないですね。むしろ、進めるべき案件です。……ですが、孤児院の責任者はまだいいのですが、管理者となると難しいですね」


「それはどうしてか聞いても?」

「孤児院の管理者は王家なのですよ」


「王家、ですか?」

「はい。王家では代々あの土地を孤児院として利用されており、王都に浮浪児を可能な限り作らないようにしているのです」


「なるほど、王家が交渉相手かあ……」

「いくらなんでもロイヤル商会だからといって、相手をしてくれるとは思いません」


 実は伝手はあるんだよねえ。ちょっと言いづらいとこだけど。

 イリスに頼めば、近衛騎士として。ゴロッソ先輩を頼れば、あの失礼な令嬢の件で王妃様に近づくことができる。


 その後が気になるし、ゴロッソ先輩を頼ることにするか。

 ブラックカウの肉のことも確保しておきたかったし、ちょうどいいな。

 責任者である王家に話を通して、それから実際の孤児院を見に行こう。

 鍛冶工房は後回しになってしまうけど、それはどうにかなると思う。


 明日はゴロッソ先輩に会いに美食クラブを訪ねるとするか。

 手ぶらでいくのも悪いし、お土産を持っていこう。きっと喜んでくれるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る