試食会でのひと悶着

 講堂は試験会場としても使われた場所だ。今は多くの机が撤去されて、各クラブの勧誘拠点が配置されている。

 思ったよりもクラブの数が多い。クラスのメンバーと一緒になって歩いていたが、すぐに自身の興味のあるクラブの説明を聞きに行き、残ったのは俺とシャルロッテ、それと美食クラブに興味があると言うイザークだけだ。


 彼が言うには男爵という身分で、美味しいものをたくさん食べるのが趣味らしい。

 だが、食べ過ぎで太ってしまい、親から痩せるまでは食事制限をかけられた。

 学園に入ってしまえば、親の監視もなく好きに食べられると期待しているようだ。


 まあ、俺たちの後ろに控えているあの従者の人が見張っているように思えるので、きっと彼の願いは叶わぬ願いなんだろうな。

 俺も太ってしまったらアドラに痩せるように絶対言われるだろうし、シャルロッテに幻滅されかねないので気をつけようと思う。




「よく来てくれた、我が美食クラブへ! まさかあの有名なロイヤル商会のオーナーが来てくれるとは思わなかったよ」


「あー、俺にあまり期待しないでくださいね。基本は料理人が優秀なだけですから」


「何を言ってるんだ。平民向けに出しているあの食堂、あれはいい! 実際に食べに行ったが、まさしくあれぞ美食! そう言えるだけの味だったぞ! まだ稼働してはいない、あの貴族街にある店舗にも期待が高まるというものよ」


「ありがとうございます。ですが、まだ貴族の方を唸らせるための俺が欲しいと思う材料が見当たらないんですよね」


「ハハッ。なら、うちのクラブで君が思う材料を見つけるといい。今日は試食も用意させているからな。試しに食べていってくれたまえ」


「試食させてくれるんですか? ありがとうございます。ええっと……」


「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は会長を務めているゴロッソ・ソクテムだよ。みんなは親しみを込めて、ゴロ会長と呼んでくれるんだ。ロイ君、君にもそんな風に呼ばれることを期待しているよ。食の好みは人それぞれだけど、それで争わなければ問題ないと思っている。他者の好みを受け入れて、他者の提案も試してみる。それが美食クラブの決まりだ」


「争いよりも美味しいものを作って広めたいですね、ゴロッソ先輩」


「まだ固いが、まあいいだろう。婚約者殿と後ろの君も試食会に参加してみてくれ」


「私のこともご存じなのですね。ありがとうございます」

「よ、よろしくお願いします!」


「婚約者殿はちょっと噂が一人歩きしている状態だからな、ここらでよからぬ噂など払拭してあげたい気持ちもあるんだ。君たちが仲睦まじい姿を見せれば、いらん誤解もすぐに解けるだろうさ」


「噂、ですか?」


「まあ、すぐにわかる。ロイ君、しっかりと婚約者殿を守るんだよ?」


「はい、ゴロッソ先輩」


 シャルロッテの噂か。誘拐事件の話がどこかから漏れているということか。セリアさんは商業ギルド内にいる全職員に魔法契約をして、緘口令を敷いたと言っていた。漏れるとしたらどこだろうか……?


 今はとにかくシャルロッテの隣にいて、その噂とやらを覆すように行動しよう。

 くだらない噂に振り回される人物は全員要チェックだな。まさかこんな風に相手の善悪が判断出来る心眼の出番が来るとはな。何があるかわからないもんだ。




 ゴロッソ先輩に連れて来られたのは学園の敷地内にある庭園だ。何かしらの行事で使う際には申請さえすれば誰でも使えるとのこと。

 立食パーティーみたいだな。料理人が目の前で肉などを焼いてくれて、それを好きに取り分けてもらうようだ。


 庭園に現れた俺たちを見て、一瞬ではあったが静かになった。これが噂の影響って奴なのかね。さてさて、どんな噂が出てくるかなっと。

 周囲に聞き耳を立てていると、こんなときでも聖印さんは仕事をしてくれる。


【技能:集音を習得しました】


 急に細かい音まで耳に入ってくるようになった。さすがにうるさいな、悪意を持つ声だけ拾うように出来ないかな?

 聖印に意識を向けると、周囲の音すべてが聞こえていた状態から、ひそひそとした声だけが聞こえるようになった。


「あれが噂の……」

「誘拐されたんですってね」

「きっと辱めを受けてしまって、婚約者の心もすぐに離れてしまうのでしょうね」


 誘拐された後のことは想像で話しているわけか。同情する声も多いみたいだから、これくらいなら簡単にひっくり返せそうだな。

 噂をしている彼女たちの声は、スキルを使わなくてもこちらに届いているようだ。シャルロッテは事実無根の噂なので平気な顔で俺の隣にいる。ゴロッソ先輩は気遣うようにこちらを見てくるが、問題ないと首を振る。


 イザークだけはよくわからないといった顔なのだが、彼は今回無関係なので従者に怒られない範囲で美味しいものを食べていてほしい。

 さて、まだ向こうに動きはないみたいだし、その間に何かいい材料がないか見せてもらおうかな。


「ロイ君、この肉はどうだい?」


「これは……、ずいぶんと脂の入りがいいですね。何の肉なんですか?」


「スリッドという村で変わり者が食べるために育てたというブラックカウの肉だよ」


「ブラックカウ!? あれをわざわざ食べるために育てたってことですか?」


「そうらしいよ。普段は村で食べるだけらしいが、今回は珍しいのもあって、特別に分けてもらったんだ。食べてみるかい?」


「いいんですか!? ぜひお願いします!」


 食肉用に育てられたというブラックカウの肉は、魔物肉の中でも上位に入る肉だ。

 高級肉ではあるが、その分気性の荒い魔物だと聞いている。

 変わり者と呼ばれるその人とは、一度会って話してみたいな。

 食肉のためのこだわりが聞けるかもしれない。


 さっそく料理人が肉を焼いてくれる。あ、ダメだこの人。

 ここまで上質なお肉なら、焼き加減はレアかミディアムくらいがいいはずなのに、この料理人はいくらなんでもしっかりと焼き過ぎだ。


 立食パーティーのため、鉄板の上で肉を切ってくれる。パフォーマンス自体は一流に見えるんだが、焼き方は三流以下だ。

 肉の旨味と言える脂が完全に抜け出ている。

 もしかしてだけど、この焼き方は余分な脂を落とすのが目的なのかな?

 あの脂をガーリックライスに使えればいいんだが、ここには材料がない。


 焼いている時点で俺が残念そうにしているのを不思議そうにイザークが見ている。


「どうしたんだ、そんなもったいないみたいな顔して?」


「ああ、ちょっとね……」


 うーん、実際に食べてみても脂でベッタベタだ。それに、肉の脂が抜けきっていてパサつきが酷い。皿に乗せられた分を食べておしまいかな。

 味付け自体はロイヤル商会で売っている醤油を使っているみたいだけど、これも肉に合わせたものを使っていないので、ただただ塩っ辛くて美味しくない。


「ゴロッソ先輩、ブラックカウを育てているのはスリッド村でしたっけ?」


「お、君の舌に合うものだったかな。だけど、交渉は難しいと思うよ? 牧場自体が狭く、生産量が少ないらしい」


「そうなんですか? まあ、交渉はなんとかしてみますよ」


「あらぁ? スリッド村にご興味がおありなのかしらぁ? あそこはうちの領地なのですよぉ? よかったら、紹介しましょうかぁ?」


 なんだ、この女。話し方が耳障りになるほどの甘ったるい語尾で気持ち悪い。

 内心の不機嫌さは隠して、貴族らしい笑顔で対応する。

 向こうから仕掛けてきたようだから、慎重に対応しよう。


「ええ、ぜひスリッド村を紹介してほしいですね」


「いいですよぉ、あたくしの屋敷で歓待してあげましょう」


「いえ、スリッド村を紹介してほしいだけなので、歓待は不要です。それに、婚約者もいますので」


「えぇ? 傷がついてしまった令嬢よりもぉ、あたくしの方がよろしくなくてぇ?」


 この女、ずいぶんとストレートに来たな。

 まあ、いいか。ここで、その噂を綺麗に払拭してやるよ。

 この無礼な女に鉄槌を下すために、相手の話に乗ってやる。


「ほお? 傷がついた令嬢とはどなたのことかな?」


「えぇ、えぇ、噂によると、貴方さまの婚約者様が、ですわぁ!」


「へえ? こんな大勢が集まる場で。それも、ただの噂話をさも本当のように周囲に語り聞かせるのは、我々への侮辱行為と捉えてよろしいか?」


「いえいえ、事実ではありませんことぉ? 馬車を襲われ、攫われたのでしょう?」


「ほお? 馬車を襲われたことを知っているのは本人たちか、それ以外では犯人しか知らないはずですが、なぜ貴女は知っているのでしょう? ここに集まっている方々にも聞きたいのですが、攫われたことを知っていても、馬車を襲われたことを知っている方はどれだけいるのですか?」


 この女以外の敵はこの場にはいないようだな。集音のスキルでも確認したが、「え?」「まさか、あの方が……」「知らなかったわ……」という声が多数だ。

 心眼で見ても、悪意に染まっていた色が薄くなっている人ばかりだ。一部は、噂に翻弄されていただけのようで綺麗な色に戻っている。


「さて、どういうことかお聞きしてもよろしいか?」


「あ、あたくしはぁ……」


「ロイ君、あとは警備に任せよう。君に関わることだ、王妃様もきっと動くだろう」


「ゴロッソ先輩。……ハァ、わかりました。あとのことは任せることにします」


「賢明な判断だ、ロイ君。連れて行ってくれ」


 ゴロッソ先輩の指示で庭園の警備兵がすぐに現れて、あの女を連行していく。抵抗する素振りも見せなかったので、警備兵からしたら楽なものだろう。

 先輩はため息をついて、試食会の終わりを告げた。


 イザークは従者に怒られて試食会場の外にいたため、試食会の終わりにショックを受けていた。

 いや、お前まだ空気かよ。横目でしか見てなかったけど、かなり食ってただろ。

 あれだけ食えば、太ってしまうのも納得だよ。


 絶望しているイザークの顔を見て毒気を抜かれてしまった。

 まあ、今回はシャルロッテをあの女の悪意から守ることが出来たからいいか。

 シャルロッテも笑顔でいる。これで満足しておこう。


 ゴロッソ先輩が王妃様のことを口にしたのが気になるな。

 コネがあることまではまだ話してないよね? なんで知ってるんだろ?

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