お茶会と記憶
「ムムム……、やりますね。さすがピュムちゃんです。では、ここでどうですか?」
「つがいこそ、できるのです。むむっ、そうきましたか……」
今日はシャルロッテの屋敷に招待されてお茶会をしている。この間ピュムに作ったおもちゃ、チックタックのお披露目だ。
最初に俺と遊んでもらい、ルールを理解する前にシャルロッテを負かした。「次は負けません!」と意気込む彼女を見て、「これはピュムに与えたおもちゃなんだ」と言って、ピュムと交代して逃げた。たぶん、ルールを理解した以上、もう勝てないと思ったからね。戦略的撤退だ。笑ってくれて構わないよ。
こうして、まったりと過ごしているのは 先日、入学試験が行われたからだ。
まあ、試験の内容は地球でいう小学生の範囲なので余裕だった。
計算問題では同じ数字の足し算があるのだが、かけ算が出来てしまう俺は数字の数を数えてしまえば終わってしまう。兄の二人も余裕だったらしい。
大きな数字から同じようにして引き算する問題も同じだ。
たぶん、かけ算を教えたシャルロッテもすらすらと解けただろう。
問題だった歴史や地理は、本来なら異世界だから難しいはずなのだが、俺には聖印があるので、その恩恵で内容を思い出せてしまうために、もはやカンニングやズルの領域である。
あとは実技関係の試験なのだが、そちらは任意の選択となっている。
騎士科を選択した生徒は、体力測定したり実戦形式の模擬戦をする。
俺は魔法科と商業科の二つを選択した。時間をうまくずらすことで、複数の講義を受けることが出来るのは兄のジェロから聞いている。
ジェロは顔に似合わず騎士と魔法科を選択して、講師に頼み込んで領主科の講義も空いた時間に受けて、資料をもらっては個別に指導をしてもらったそうだ。
魔法科も騎士科と実技の試験内容はあまり変わらない。
魔力の測定をして、どんな魔法が使えるかを見るだけで終わりだ。
俺は魔力操作を極めているため、魔力の測定では自身の魔力をなるべく抑えて測定して目立たないようにした。それでも多い方だと言われてしまったのだけどね。これ以上に抑えるのは、さすがにちょっと難しいよ……
魔法を見せる実技では、的に向かってウォーターカッターのようなものを見せた。これもかなり驚かれてしまい、ちょっと目立ってしまった。
シャルロッテにいいところを見せたいと、調子に乗ったのが悪かったんだ……
商業科は計算問題がやや難しくなっているだけで、しっかりと確かめ算する時間もあり、たぶん満点だと思う。
最終問題だけ割合を使った計算だったが、そちらもそこまで難しいものではない。何かの書類の計算のような気がしたが、さすがに詳細な内容まではわからなかった。
試験のことを思い出していたら、どうやら二人の戦いも終わりそうだ。
詰めの段階になり、結果引き分けに終わった。
「マスター、ごめんなさい。勝ちきれなかったのです……」
「ピュムちゃんは手強かったです。ロイ様、これはとても面白いですね!」
「シャルにもゲームを気に入ってもらえてよかったよ。武骨だけど、これは置物にも向いてるからね。工夫すれば、女性の部屋にも置けるようになると思う」
「そうですね。これが父の部屋に置いてあれば、落ち着いた雰囲気があってよさそうです。私の部屋に置くには、少し入れ物が部屋の雰囲気に合わなさそうですね」
チックタックはそのままだと持ち運びにとても不便だったので、工房長に入れ物を作ってもらった。ちょっと入れ物が大きくなってしまったが、バラバラと持つよりはいいだろう。
見た目も可能な限り、美しく木目が出るようにしてもらったので置物にも最適だ。
「お嬢様、学園から合否の通達が届いたそうです。頭も使ってお疲れでしょう。休憩に甘いものはいかがですか?」
「ありがとう、リリィ。お願いするね。あ、合格してます! これもロイ様の教えのおかげですね。計算問題はすんなり解けましたから」
「純粋にシャルの努力だよ。俺はちょっと後押ししただけだからね」
「私は元々勉強が苦手でした。……神狼の加護でズルをしてるのかもしれませんね」
「うーん、そんなことはないと思うよ? 勉強に対する苦手意識があっただけで、元々シャルには理解力があったんだよ」
「そうだといいんですが……」
シャルロッテが不安そうにしているが、そんなことを言ったら、俺は聖印でズルをしていることになる。
その事実をシャルロッテに伝えるにはまだ早いと思う。彼女を信頼していないわけではないが、余計なことを言って、シャルロッテに不利益があってはいけない。
「もぐもぐ……、マスターは合格しているのですか?」
「たぶん俺もしてると思うよ。入学式のための準備も終わってるし、余裕があるね」
「その割にはロイ様は忙しそうにしていますよね?」
「商会のこともあるからね。あっ、そうだ。シャルにこれを渡したかったんだ」
「これは?」
「俺の婚約者として一目でわかるように、俺の瞳と髪の色を使ったブローチだよ」
「とても綺麗で可愛いです。深い藍色に金色の筋が入っていて、猫の目みたいです」
「うん、猫の目はちょっと意識したかも。本当はクゥを意識したかったんだけどね」
「いえ、これはこれで可愛いですよ? ありがとうございます、ロイ様」
「ああ、それともう一つ。これも返しておくね」
「よかった、ロイ様のもとにあったのですね。この髪飾りがないと、寂しくて……」
「本当はもっと早く返してあげたかったんだけど、直接渡したかったからね」
「いえ、そのお気持ちが嬉しいのです。ありがとうございます、ロイ様!」
シャルロッテに婚約者の証を贈ることが出来てよかった。それに、まだ互いが幼いころに渡した髪飾りで、こんなにも嬉しそうな彼女の笑顔が見れて大満足だ。
ちゃんと婚約者として、愛のある生活をしたい。
何故だかわからないけど、そんなことを思ってしまった。もしかしたら、この世界に来る前に思い出せなかった前世が関係あるのかもしれないな。
いつか俺の秘密を包み隠さず、彼女に打ち明けることが出来るのだろうか?
シャルロッテは俺のことを若干ではあるが、神聖視している節がある。
本当の俺を知って、彼女をがっかりさせないだろうか。それだけが不安だ。
「ロイ様? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ。シャルの笑顔に見惚れてただけ」
「そ、そんな……」
「マスターはつがいを欲情させるのがうまいのです!」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ、ピュム……」
「家の中の侍女さんたちからです!」
「あまり鵜呑みにしないように。アドラもピュムに変なことを教えようとする者には注意をしてくれって、アドラ? 何故目を逸らすんだ? おいこら、お前が犯人か」
「……私は別に欲情なんてしていないですからね、ピュムちゃん」
「でも、つがいの顔は真っ赤ですよ?」
「これは、喜びと同時にちょっと恥ずかしいだけです!」
帰ったら別邸の管理を任されている侍女長にちゃんと注意をしてもらおう。特に、アドラは念入りに怒られろ。
ちなみに、別邸の侍女長はセバスの奥さんである。会えない時間が恋を育むのですと言う、ちょっと変わった女性だ。
たまの休みに会える遠距離恋愛に燃え上がる人なんだろう。セバスからはもう少し二人で過ごしたいと前に愚痴をこぼしていたのを思い出した。
アドラの処遇を考えている間に、誤解を解くシャルロッテがとても可愛い。
そうかそうか、喜びと恥ずかしさで顔が真っ赤なんだな。
今後も甘い言葉で赤面する姿を見せてもらおうかな。もちろん、二人きりの時に。
このお茶会が終わってしばらくすれば、入学式だ。
貴族は入学が決まっているようなものなので、制服などの準備は済ませてあるが、一般入学の平民はこれから仕立てるので式自体はもう少し先だ。
その間にチックタックの量産、貴族への紹介用にもう少し見た目にこだわるように指示を出しておかないとな。
入れ物や駒の表面を綺麗に磨いて、角に丸みを持たせれば女性受けもすると思う。シャルロッテにもそのように意見をもらって、この辺りは賛同してもらえた。
貴族向けの食堂、レストランはまだ稼働していない。貴族に向けた立地のいい店舗をずっと抑えているため、とても費用が掛かっている。
早いこと動かしたいのだが、目玉となるメニューがなければ動かせない。
せめて、質のいい牛肉。それさえあれば、あとはどうとでもなるのだが、いまだに見つかっていない。商業ギルドにも聞いてみたが、そんな情報はなかった。
無駄にかさむ費用、外観だけは作り終えているため、高まる貴族からの期待。
ロイヤル商会の名前はすでに王妃様が広めているため、のんびりしていると今まで積み上げた実績のタワーが根元から崩れ落ちてしまう。それだけは避けたい。
今も徐々に不満を貯めている貴族たちの視線を逸らすために、チックタックを売り込んでいこう。
そうだ! ちょっと手間かもしれないけれど、工房長にもう一つおもちゃを作ってもらおう。新作だって言えば、喜んで作ってくれるはずだ。
対局時計も念のため、作ってもらおうかな。うーん、思いつく手ごろな対局時計が水時計くらいしかないけど、これも見た目を重視したい。形を考えておかないとな。
入学式までに打てる手は全力で手を回して、同じクラスになるメンバーの情報収集もしておかないとな。入学後にロイヤル商会の名をさらに広げるために、自己紹介で失敗しないように。
あれ? 俺、自己紹介で失敗したことなんてあったっけ?
何なんだろ? たまにだけど、前世のことが頭をよぎる瞬間がある。ハッキリとは思い出せないので、少し混乱してしまう。
これは女神様が俺の記憶に、何かプロテクト的なものをかけているのだろうか?
気にはなるけど、思い出せないのなら今は気にしなくてもいいか。
知識が思い出せるだけで十分助かっているんだから、ゲーム好きだった前世の俺には感謝しておこう。
【
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