学園編

ピュムのおもちゃ

 先日の誘拐事件のとき、タイミングが悪く別邸にいたのは俺たち兄弟だけだった。両親は領地に戻って、領地に到着次第、祖父母が王都に帰ってくる手はずだ。


 事件のあとの王都はあっさりとしたものだ。

 とある商会と癒着状態にあった商業ギルドの上層部が入れ替わったために、仕事がかなりしやすくなったと街では噂されているだけで、その裏にまさか伯爵令嬢の誘拐があったなんて誰も思っていない。


 情報操作が随分と行き届いているみたいだ。あの商業ギルドにいたお姉さん、今はギルド長になったセリアさんのおかげかな?

 その内、お土産でも持ってちゃんと挨拶しに行こう。


 事件も落ち着いた五日間の間は試験の内容を確認して勉強をし直していたが、やるだけやりきって、これなら合格はするだろうと判断したので、試験勉強はやめた。

 今日はロイヤル商会の様子を見に行こう。お願いしたいこともあるしな。


「アドラ、今日は午後からロイヤル商会に行くよ」


「はい、坊ちゃま。先触れを出して、護衛と馬車の用意をしておきますね」


「うん、お願い」


 アドラは事件のとき何も出来なかったと落ち込んでいたが、別邸の使用人たちから励まされて今は持ち直している。

 帰宅した時にお風呂や寝室などの休む準備をしてくれていただけでも、俺はとても助かったと思っているのだが、本人はそれだけではダメだと言う。


 そんなことはないとは言ったのだが、彼女は頑なに主人である俺の考えを理解して先に動くのが立派な従者だと言う。

 あのサボりたがりだったアドラにどんな心境の変化があったのかはわからないが、今後に期待しようと思う。


 さて、外出許可をとったことだし、久しぶりの外出だ。

 今日はロイヤル商会が抱える店舗の確認とピュムに与えるおもちゃの相談に行く。

 試験が終わって入学したら忙しくなるだろうから、出来る指示は出しておきたい。特に、俺に判断が委ねられるような飲食店の材料の話はしておきたい。




 ロイヤル商会の従業員は基本的に顔見知りである。学園に通えるほど裕福な商人の子どもたちが我が家で研修を受けて、卒業後に就職しているのだ。

 接客に対する教育もある程度はしたので、来客時の対応が早い。


 だが、そんな彼らが少し戸惑いを見せている。何かあったのだろうか?

 到着してすぐに、奥に連れていかれた。よほど困っているみたいだな。

 そこにいたのはやや疲れた顔をしているハンナとマルスだった。

 二人とも俺の顔を見ると、勢いよく近づいてきた。


「ようやく来たね! ロイ様、話したいことが山ほどあるんだよ!」


「ここ三日ほど問い合わせが多く、ハンナも対応に疲れているみたいですみません」


 ハンナは興奮気味で、マルスはこれでも抑えている方だと言う。

 話を聞くと、俺が王妃様にケアリーを渡したことで、王妃様自身が店舗に行く必要がなくなり、商会のためにと王妃様が派閥の貴族女性たちに向けて、紹介状を書いてくれたそうだ。その紹介状が波紋を広げ、派閥外の貴族から文句を含んだ問い合わせがずっと来ているとのこと。


 とりあえず王妃様の紹介状がなければ、こちらでは対応できないと突っぱねている状態らしい。中には店舗に直接来て、無理やりマッサージを受けようとした人もいたそうだが、イリスが対応して帰ってもらったそうだ。


 あの事件の後、イリスは王妃様の命令で市民への奉仕活動という名目でこの商会の護衛として働いている。

 仕事は真面目なのだが、仕事が終わると賭場に行こうとするダメな騎士だ。本人は賭け事がしたいだけと言うので、また借金する前に何か対策を練る必要がある困った大人である。


 それはともかく、とにかく今は派閥外の女性の対応だな。こちらは王妃様に確認をとる必要がある。勝手に動くわけにはいかないので、祖母が帰ってきたら相談するとしよう。しばらくは断る方針にして、受け入れるとしたら店が回るかを確認する。


「そうだねえ。さらに受け入れるには、ちょっとスライムたちが足りないねえ……。今でも予約でいっぱいな状況なんだ。無理をすれば受け入れることは可能だけどさ、従業員の休みの確保は絶対なんだろ?」


「休みは絶対だよ。従業員に倒れられたら、店が回らなくなるからね。みんなの休憩時間もちゃんと取ってるんだよね?」


「ああ、ちゃんと取らせているよ。スライムたちにも休憩は必要だって、従業員全員思っているくらいなんだよ?」


「それならよかった。じゃあ、新しい店舗の確保と従業員の確保が必要だね。店舗は任せるとして、従業員の方は任せて。これから学園に通うことになるから、直接人材を勧誘することにするよ」


「そういえば、もう入学試験の季節か。試験の心配はまったくしてないけど、勧誘の方は任せたよ。ロイ様」


 今のうちに新しい店舗を確保してもらって、内装の工事をしている間に俺が人材を学園で見繕う。職場の待遇がいいから、学園だとかなり人気な就職先だと従業員から聞いている。

 学園に通えば、きっと人材は向こうから来てくれるだろう。


「それじゃあ、次は飲食店の方だね。そっちはどうなってるの?」


「平民向けの食堂は動いているよ。貴族向けはまだ難しいね」


「貴族向けはやっぱり難しいか。決め手となるメニューがないからなあ」


「平民向けの方は、ロイ様が料理人に仕込んでくれたメニューで繁盛はしてるけど、貴族向けの方はロイ様の言う食材がないから、従業員には接客や予約対応などの練習をさせて、料理人は平民向けの食堂で腕を磨いているよ」


「ありがとう。あとで店舗に行って料理人にも話を聞いてみるよ」


 平民向けの食堂では、前世の町中華を参考にした。メニューはまだ少ないけどね。

 チャーハンは割と手軽に材料が手に入るので即採用、評判も上々だ。刻んで入れるチャーシューも単品販売している。

 餃子は仕込みが大変なので、数量限定販売だ。お酢が手に入ったおかげで、前世と同じく酢醤油で食べることが出来る。今はラー油を仕込み中で、もうすぐ採用できる味になると思う。


 それにしても、食肉のために育成された家畜はやっぱりいないのかな。異世界でもお肉にこだわる人は必ずいると思うんだけどなあ……

 一般的な肉類は魔物からの肉が多い。でも、魔物の討伐には危険がある。だから、無害な家畜化を研究している人はいるはずなんだ。学園に入れば交流も増えるから、料理に使う最適なお肉の話もどこかで聞けると思いたい。


「店舗関係は今のところはこんな感じだけど、ロイ様からはほかに何かあるかい?」


「そうだね。娯楽関係を増やしたいと思ってるところかな」


「娯楽?」


「うん。まずはおもちゃからかな? リバーシって聞いたことある?」


「もちろんあるよ。昔、どこかの国の愚王が考案者から奪い取ったもので、今は製造禁止と魔法契約がされているってね」


「えっ、そんなことになってるの!?」


「なんだい、ロイ様は知らなかったのかい?」


「うん。驚いたくらいだよ……。うーん、じゃあ別のおもちゃを考えないとかな?」


「そんなにホイホイ何かを思いつくロイ様の方が驚きだよ」


 まさかリバーシが製造禁止だなんて思わなかった。昔に考案者がいたってことは、俺以外にも地球から来た人はいるんだな。王様に奪われただなんて、可哀想に……

 どういう人だったんだろうか、気になるな。いつかその話も聞いてみたい。


 昔の人に思いをはせるのは一旦置いておいて、今はおもちゃについて考えよう。

 うーん、パッと思いつくのは前世のボードゲームかな? 何度かやれば、ルールは覚えるっていう簡単なもの。リバーシだって、ルール自体は簡単だ。


 〇×ゲームはどうだろうか? たしか、少し複雑にしてボードゲームになっているものがあったはずだ。俺は三倍〇×ゲームと呼んでいて、正式名称もあったはずなんだけど、なんだったかな……

 あ、思い出した。チックタックトゥーだ。こちらの言葉だと少し発音しづらいな。チックタックでなんとか呼んでもらおう。




 俺はハンナに細工師を紹介してもらい、さっそく工房に向かった。

 話を聞いた工房長は面白そうだと言って、すぐに作業に入ってくれた。

 まずは、お試しに三×三のマス目を木の板に溝を引いてもらい、〇と×が描かれたコマをマス目の数だけ用意してもらった。

 ゲームの感想を聞きたかったので、工房長と一戦遊んでみる。


「たしかにお手軽で面白いと思う。だけど、あっさりしすぎじゃないですかね?」


「そうだね。だから、この三×三のマス目が書かれた板を九枚用意してほしいんだ。ああ、コマの方もその分お願いね」


「そんなに作ってどうするんです?」


「その九枚の板を使って、このおもちゃは完成するんだ」


「へー。まあ、作業自体は簡単だから、サクッと作るんで一戦やりましょうよ」


「いいよ。感想も聞きたいからね」


 作ってもらっている間に細工師の工房を見て回る。

 他にも作れそうなものがないかと考えてみる。前世ではかなり色々なボードゲームがあったけど、プラスチックみたいな素材を使った方がいいものもあったんだよな。代わりの素材が見つかればいいけど、見つかるかな?


 それと工房長だ。いくら簡単なものとはいえ、直線に溝を引く腕前を見る限りは、腕のいい職人さんみたいだから今後も頼りにさせてもらいたい。

 そんなことを考えていると、もう作り上げてきたようだ。

 ジャラジャラとした、コマがぶつかる木の音が聞こえる。手の空いている職人たちにも手伝ってもらったらしく、彼らも見学したいとのこと。


「出来ましたよ。それで、これはどう遊ぶんです?」


「仕事が早いね。いいよ、じゃあ説明するね」


 俺が三倍〇×ゲームと呼んでいた理由は、通常の三×三のマスを縦横に三倍にしたものだからだ。つまり、九×九のマス目のボードがゲームの舞台だ。

 九つのエリアを奪い合って、通常の〇×ゲームと同じく縦横斜めで一つのラインを作れば勝ちだ。


 ゲームの内容としては、各エリアごとに〇×ゲームをするだけである。

 だが、コマの置き方にはルールがある。

 コマの置いた場所が相手がとなるのだ。これがこのゲームの奥が深いところだ。


 たとえば、右上のエリアの真ん中に〇を置くとする。そうすると、相手は真ん中のエリアにコマを置くことが出来るようになるのだ。

 真ん中のエリアの左下に×を置けば、左下のエリアにコマを置くことをことができる。


 結果、このエリアは捨てて、あのエリアを占拠するなどといった戦略が生まれる。

 相手の先の先を読む思考力が試されるゲームとなっているのが醍醐味なのだ。


「すげえ面白いじゃないですか! さっきはつまらないくらいにシンプルだったのに急に考えることが増えて、奥深くなった!」


「見てる俺らもあっちに置けばいいのにとか話せて楽しかったな」

「そうそう! そこじゃねえよ! とか思っちまったぜ」

「わかるわかる。工房長、結局負けたしな!」


「うるせえぞ、お前ら! 仕事終わったら、負かしてやるからな!」


「工房の見本用にひとつ作るだけならいいけど、ほかは売るために商業ギルドに登録するから、ちゃんと買ってね?」


「わかってます。またなにか思いついたら、誠心誠意作りますよ!」


「一番に楽しみたいだけに聞こえるけど、まあいいか。今後もよろしくね」


 俺は念のための釘を刺しておいて、完成品を商業ギルドに登録した。

 遊び方も含めて商品の説明をしたら、これは面白い! ロイヤル商会の看板商品になりますね! と査定する従業員に言われるほど、いい商品みたいだ。

 査定に一緒にいたセリアさんも気に入ったようで、工房にさっそく注文していた。


 登録が終わった完成品は持ち帰っていいと言われたので、ピュムたちに与えた。

 みんなが喜んでくれたようでよかった。

 スライムたちが身体を伸ばしてコマを置いてる姿が微笑ましいのだが、その内容はかなり高度な戦いをしている。ここでも彼らの頭の良さを見せつけられたよ。


 試験が終わったらお茶会をしましょうとシャルロッテに誘われているので、これも持っていってみよう。

 神狼の加護でピュムといい勝負をするかもしれないから、ちょっと楽しみだ。

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