1章エピローグ③:私の特別で大事な人

 Side:シャルロッテ


 ――起きて。姫、起きて。あの人が壊れちゃうよ!


 微睡んだ頭に慌てる声が響く。でも、身体が動かない。


 ――早く、早く! あの人にスライムは生きてるって伝えて!


 あの人って誰? それに、スライムは生きているってどういう意味?

 身体は動かない。けど、頭は働く。どこか警鐘を鳴らしている気がする。

 早くしないと取り返しのつかないことになると訴えられている。


 ――もう、しっかりしてよね! ほら、起きて!


 頭が急にスッキリした。ここは……?

 そうだ。馬車が襲われて、それから私は攫われてしまったんだ。

 そこまで考えたとき、何かが焼けた嫌な臭いが漂ってくる。


 顔を上げて、前方を見る。牢の外にリリィがいる。何を焦っているんだろう?

 そばに居るのは、あれはロイ、さま……?

 暗くて顔が見えない。けれど、雰囲気が明らかにおかしい。


 ロイ様はローブを着た男性に手をかざし、魔法を放ちます。

 男性が障壁で魔法を防ぎますが、ロイ様の魔法に込められる魔力が高まります。

 ついに障壁が破られたとき、ロイ様の表情がハッキリと見えました。


 その表情は怒りに染まっていて、男性が生きていることがわかると、さらに魔力を練り始めました。


(いけない。あのままではロイ様が人殺しになってしまう)


 状況を確認するために周囲を探る。ロイ様の怒りの原因は――

 そうだ。さっきスライムが生きているって伝えろって言われた。

 まさかと思って辺りを見回すと、身体が崩れているスライムがいた。


(あの色はピュムちゃん? だから、ロイ様はあそこまでお怒りに……)


 あの声の言う通りなら、ピュムちゃんはまだ生きている。

 でも、私の声が届かない。いくら叫んでも、ロイ様に届かない。


 ――私が悪い。自分は大丈夫と思いあがったせいで、ピュムちゃんがあんな状態になってしまった。


 ――悔しくて、醜くて。私はロイ様にあそこまで思われている自信がない。嫉妬で狂う自分がとても卑しい。


 私の声が届かないことがとても、とても悲しい。

 涙を流して叫ぶ。どうか貴方にこの気持ちが届いてほしい。

 ピュムちゃんの生存に気付いたときに、貴方の心が壊れてしまう前に。


 どうか、届いて――


 私の声が唯一聞こえているリリィが危険を冒して、ロイ様の頬を叩きます。

 ロイ様の意識がリリィに向きます。そのままリリィはロイ様を説得しています。

 リリィの言葉がロイ様に届き、ロイ様が私を見ます。


 ――ああ、私はなんて無力なんだ。涙が止まりません。


 巫女だと言われて、きっとここ数年浮かれていたんだ。

 自分は特別なんだと思いあがっていた。

 ロイ様が婚約者になり、連絡を取り続けていくうちに、私は自身を物語のヒロインみたいに考えていたのだろう。


 だから、これは罰だ。

 私が少しでも間違えれば、周りを巻き込み不幸にしてしまう。

 私の大事な人に何かあってはいけない。そうなれば、今度は私が壊れてしまう。

 私もこの人を守らないと、守られてばかりではダメなのだ。




 王都の別邸に帰り着いて、就寝時間。

 私はベッドに横になり、意識を内側に向ける。

 間違え続けていたことがわかった。守りたいと思うことが出来た。


 ――私の特別で大事な人。


 あの人を守るために、もっと力を、知識をつけなきゃ。

 神狼様の加護は今までずっと沈黙していた。

 私がそれに相応しくなかったからだ。でも、今の私ならきっと――


 祈るように、慈愛を込めて、大切な人を思う。

 胸に暖かな魔力が集まる。魔力を誘導して形にする。

 ああ、なんでこんなにも簡単なことが今まで出来なかったんだろうか。

 私は私を恥じる。そのまま意識を加護の中にある知識の扉の先に向ける。


 意識が遠くなる。扉を開けて、知識を求める。歩みを止めず、あちこち見る。

 貪欲に。深く、深く。世界の深淵まで、あと一歩。あの扉の開いた先に――


(それ以上は、ダメ)


 声が聞こえたと思ったら、深淵が遠ざかる。深淵の扉は閉まってしまっていた。

 振り返ると、クゥがいた。今のはクゥの声なのだろうか?


(うん、クゥだよ。シャルロッテ、それ以上は見ちゃダメ。知識に溺れちゃう)


 私はまた間違えるとこだったのか。また何でもできると過信してしまったのか。

 意識体のまま落ち込んでいると、クゥがそれは違うと言う。


(知識の深淵は誰もが魅せられてしまう魔力があるの。だから、シャルロッテは悪くないの。父様も深淵には近づかないの。楽しすぎて戻ってこれなくなるからって)


 神狼様も近づかない。それが深淵だと言う。

 いつかは自由自在に深淵を覗けるようになりたいと思うのは、すでに深淵の魔力に魅せられているせいなのだろう。

 自制しなきゃいけない。気をつけよう。


 でも、欲しい情報は得られた。あとは、これを知恵にまで昇華させればいい。

 きっとロイ様の手助けもこれで出来るはずだ。

 ロイ様に頼りにされるように、これからはもっと努力しよう。




 意識を浮上させる。

 ベッドのそばにクゥがいた。クゥは私が起きるのを待っていたようだ。


「おはよう、クゥ」


(おはよう、シャルロッテ! 身体は大丈夫?)


「え? クゥ、あなたの声が聞こえたわ!」


(これは念話だよ。今まではずっと黙ってたけど、シャルロッテが加護の力を使えるようになったみたいだから、話すことにしたの)


「そう。私のために黙っていてくれたのね。ごめんなさい。それとありがとう」


(どういたしまして! さあ、今日は何するの?)


「そうね……。今日は学園の試験勉強かしら? もう一度だけ見直すことにするわ」


(うん。じゃあ、朝ごはんにしないとね! 魔力ちょうだい!)


「はいはい、クゥは食いしん坊さんね。ふふっ」


 クゥに魔力を与えて、また一日が始まる。

 リリィにはもう少し休んでいてほしいから、お休みをあげなきゃいけないわね。

 ロイ様に会うのは試験が終わってから。きっと今日は同じように勉強するはずだ。

 全部が終わったら、個人的なお茶会に招待しよう。


 私の特別で大事な人に認めてもらうために。今日も私は励みます!

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