侵入
マルスとイリスは商業ギルドへ向かい、俺とリリィはロベリー商会に移動中だ。
その移動中の馬車の中で、リリィから商会への侵入方法を聞かれる。
「ロイ様、侵入はどのようになされるのですか?」
「ん? コソコソせずに正面から堂々と入るよ」
「正面からですか!? お嬢様の身が危うくなるのではありませんか?」
俺の言葉にリリィが怒りを見せる。疲れているせいか、表情も隠せていない。
このままではこの先の行動が不安なので、しっかりと説明しておく。
「大丈夫。エスティもシャルのそばにいる。ピュムも一足先に、向かわせている」
「あのスライムに何ができると言うのですか?」
「そういえば、リリィにはピュムたちの力を見せていなかったか。ピュムはほぼ俺と同じことが出来るぞ。たまに、俺も驚くスライムらしい手段で、魔法を扱うくらいには強い。ピュムのそういった行動は俺も勉強になっている」
「ロイ様にそこまで言わせるほどなのですか?」
「だから、信用してほしい。ピュムは強い。エスティも元を辿れば、ピュムだしな」
まだリリィは心配しているようだが、商会に到着した。信じてほしいと最後に言い聞かせて、商会の中に入る。
従業員のお姉さんがすぐにこちらに気付き、お客だと思って近づいてくる。
「ようこそ、ロベリー商会へ。何をお求めでしょうか?」
「こちらに捕らわれている伯爵令嬢がいるはずだ。奥へ行かせてもらうぞ」
「は?」
どうやらこのお姉さんは無関係のようだな。商会が潰れたら、何も知らない従業員には手を回してあげないとかな。だけど、今はそれよりもシャルだ。
俺は天井から落ちてきたセラピーから書類を受け取る。
それをお姉さんに突き付けて、奥に進む。
「この商会の横領などの不正と悪事の証拠だ。それを持って商会長に問い合わせするといい。セラピー、彼女の護衛を頼むぞ」
「ぴぃ!」
「え? え?」
彼女は混乱しているようだったが、仕事はできる人みたいだ。不正が詰まった書類を見て、顔を青ざめさせていた。
俺たちはそんな彼女を無視して奥へ進む。
エスティから地下にいると意思が伝わる。そして、ピュムが戦闘中だとも。
(ピュムなら大丈夫だろうけど、それでも急がないと……)
奥に進み、従業員に地下の場所を聞いても知らないとしか返ってこない。
こいつはハズレ。こいつもハズレ。次はと、顔を向けた先の男が目を逸らした。
(あいつが当たりだな)
そいつに話を聞こうと近づくと、慌てた男が懐から笛を取り出して強く鳴らした。
すると、奥の扉からゴロツキが現れた。
手間が省けて助かる。俺の隣でリリィが刃物を抜いた。どこから出したんだよ……
ゴロツキどもがへらへらと笑いながら近づいてくる。
「ここから先は従業員の休憩室だぜえ、お坊ちゃん」
「いい子だから、帰ってママの乳でも吸ってな」
「ギャハハハ」
「な、なんだ!? アンタたちは!? どこから入ってきた!」
「ああん? 俺らはこの商会で雇われてる……。あー、そうだな? 用心棒みたいなもんだよ。ヒッヒッヒ、危ねえから下がってな」
「ヒィッ!」
ゴロツキどもが従業員を脅すようにして、この場から出ていくように指示を出す。
従業員は尚も詰め寄ろうとしたが、ゴロツキに刃物を出されて黙った。
自分の身が危ういと感じた従業員たちは、俺たちを置いて店舗の方に走り去る。
「教育が足りていませんね、この商会の従業員は」
「そう言うな、リリィ。さっさと片付けて奥に行くぞ」
「通すと思ってるのかあ?」
「強気な女はタイプだぜ!」
「女は残して、坊ちゃんは人質だな! 俺たちってついてるよなあ!」
「下種が」
リリィが一歩踏み出そうとしたが、時間をかけたくないので魔法で済ませる。
「パラライズショック」
「ぎゃっ!」
「ぃぎっ!」
「がぁっ!」
バチっと青白い閃光が走る。ちょっと強めの電撃でゴロツキを無力化する。
距離をとっていた従業員までは届かなったが、あいつには話があるので残した。
「おい、この先に鍵がかかった部屋があるなら、その鍵を全部出せ」
「だ、出すと思っているのか! 衛兵隊を呼べば、お前たちが捕まるんだぞ!」
「ロイ様、時間の無駄です。ここは私が」
「……頼んだ」
リリィの目が明らかに怒りに染まっていたが、まあ殺しはしないだろう。
すたすたと従業員にリリィがゆっくりと近づき、急加速したと思ったら従業員の股を蹴り上げていた。
(あ、あれは痛い……)
あまりの痛みに気絶した男の懐を探り、鍵の束を取り出すリリィ。スッキリとした笑顔でそれを渡してくるリリィがすごく怖い。
俺はリリィは絶対に怒らせないようにしようと誓った。というか、それをシャルに護身術として教えていないだろうな?
シャルが笑顔で男の股を蹴る姿なんて見たくないぞ。
「行きましょうか、ロイ様」
「あ、ああ」
奥に続く部屋を進んでからは、手当たり次第に扉を開けてを繰り返して、ようやく鍵のかかった部屋で地下に向かう階段を見つけた。
階段の先は薄暗い。こんなところにシャルがいるのか。早く助けないとな。
階段を降りようとしたとき、エスティから緊急だという意思が伝わってくる。
(早く来て? 危ない? エスティ、何が起こっているんだ?)
エスティはとにかく急いでとしか伝えてこない。
焦りを覚えて俺は急いで階段を降りる。
長い階段を下りた先に喜ぶ大男と疲れた顔をしているローブ姿の男がいた。
(あれはピュム、なのか?)
視界の先にはスライムらしき壁だ。けれど、徐々に萎むように壁が引いていく。
エスティから嘆く意思が伝わってくる。
(そんな、まさか、嘘、だろ……?)
引いていく壁の先に、潰れたスライムがいた。嘘だと言ってくれ。
男たちの耳障りな会話が聞こえてくる。
「ハッハッハ! ようやく死んだか、あのスライム!」
「……解剖して研究したかったんだがな」
「ん? なんだ、お前ら? 見たことない顔だな」
今、あの大男はなんて言った? 今、あのローブの男はなんて言った?
怒りで沸騰しそうな頭で考える。
(死んだ? 解剖したかった? 誰を? スライム? それは……?)
信じたくない気持ちと、目の前の惨状を見て、俺は導き出したくない結論を出す。
――ピュムが死んだ。
――こいつらがピュムを殺した。
頭が真っ白になった。魔力が全身を高速で駆け巡った。
俺は男たちに一歩踏み出す。
「おいおい、なんでメイドといいとこの坊ちゃんがいるんだ?」
「……待て、近づくな!」
ローブの男が警告するように叫ぶが遅い。
俺は感情のままに魔法を使う。手加減なしの電撃を大男に放つ。
何か叫んでいたが、まったく耳に入らない。
肉が焼ける臭いがする。死んだかもしれない。構うものか。
次はあいつだ。同じように魔法を使うが防がれる。
障壁か。なら、その障壁が壊れるまで魔力を注げばいい。
激しい音と閃光で目の前が真っ白に染まる。
パリンと障壁が割れる音がした。そして、ローブの男も倒れた。
けど、動いている。まだ生きているな。
トドメを刺そうと魔力を練る。誰かが叫んでいる。うるさい。
――俺はこいつを殺さないといけないんだ。
練った魔力を魔法に変える。殺意を込めて、怒りのままに。
殺すための魔法を放とうとしたとき、横から手が伸びてきて頬を強く叩かれた。
「……リリィ、邪魔をするな」
「いいえ。お嬢様のために邪魔させていただきます。今の貴方はダメです。お嬢様の声も聞こえていない貴方は」
「お嬢、さま? しゃる、ろって……?」
視線の先には涙を流してこちらを見るシャルロッテがいた。
「だめ、です。ロイさま。それ以上したら、その人がしんじゃいます……」
「だが、ピュムは――」
「大丈夫。ピュムちゃんは今、妖精を取り込んで核を修復中です。生きています」
――生きています。
シャルロッテからそう聞いて、ピュムの亡骸が光っていることに気付く。
よろよろとした足取りでゆっくりとピュムに近づき、抱き上げる。
俺との魔力経路が繋がっている。まだピュムは生きている。
その事実で俺は涙が止まらなかった。
気が付いたら、膝をついて力強くピュムを抱きしめて泣いていた。
俺が泣いている間に、リリィが牢からシャルロッテを助け出していた。
シャルロッテは俺が泣き止むまで静かにジッと待っていてくれた。
「ごめん、シャル。久しぶりなのに、情けない姿を見せちゃって……」
「いいんです。ロイ様の心が壊れてしまわなくて本当によかった」
「お嬢様がいくら叫んでも聞こえていないほどでしたからね」
「ごめんってば。……それよりも、シャルはピュムが生きてるのがわかるの?」
「はい。先ほど、守ってくれたお礼だって言ってました」
「んん? 誰が言ってたの?」
「ボクだよ!」
「オイラだよ!」
「アタシだよ!」
「うぉっ!? よ、妖精っ!?」
俺の疑問に答えてくれたのは、突然現れた妖精だった。
手のひらサイズの背丈に光る羽を持つ小さな存在。
すごいファンタジーだ。魔法を使ったときと同じ感動を覚える。
そんな彼らがピュムは生きていると言う。なんかちょっとマヌケに見えるせいで、信じたいのにイマイチ信じられない気持ちがある。
俺が疑っていると、呆れ始める妖精たち。
「信じてないねえ?」
「必死に生きようとその子は自己修復してるってのに」
「これじゃ、この子が報われないわね……」
「ピュムが回復してるのか? たしかに身体は元に戻り始めてるけど……」
「その子が頑張ってるから、ボクたちが力を貸してるんだよー?」
「アイツは今頃、その子の核と融合してるはずだ」
「本来はアタシたちもこんなことはしないんだけど、その子があまりにも必死に姫を守ってくれたから、お詫びにってあの子が自分を差し出したのよ?」
「妖精が自分を犠牲にして、ピュムを助けてくれてるのか!?」
俺はその事実に悲しむと同時に感謝した。そして、ピュムが妖精に認められたことがとても誇らしい。
ピュムが目覚めたらいっぱい感謝して褒めてあげよう。それから、たくさん魔力をあげよう。おもちゃも作ってあげよう。喜んでくれるといいな。
ピュムのために、喜ぶことはなんでもしてあげよう。
俺はまだ動きがないピュムを膝の上に乗せて、優しくなでてあげた。
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