私の孤独な防衛戦

 Side:???


 主人の怒りをもとに私たちは行動を始める。

 ソルトとセラピーは主人のために、自身の考えで動いている。


 ソルトは王城に残って、主人に必要だと思うものを回収している。

 スライムに侵入できない場所はない。今もきっと王城内を移動中のはずだ。

 セラピーには可能な限りの分裂体を作って、包囲網を作っている。

 すでに私の目的地と商業ギルドは抑えて、今はギルド内部に侵入して怪しい動きをするニンゲンを調査中だ。


 私は屋根を伝って、誰にも気づかれないように街中を移動している。

 主人のつがいを守ることを第一に動き、必ず守り抜く。

 そのためには、目的地に急がないと。

 目的地は、元は私の分裂体でもあるエスティが教えてくれる。

 私はぴょんぴょんと屋根を飛び、跳ねまわる。主人の怒りを力に変えて。




 どうやら、ここが目的地のようだ。

 スライムの身体を使い、建物の隙間から侵入する。

 エスティがさらに場所を教えてくれる。主人のつがいは地下にいるようだ。


 見つけた。エスティは無事、つがいも無事のようだ。

 牢に入れられているが、傷もない。薬で眠らされているだけみたい。

 私は安堵した。つがいに何かあれば主人が何をするかわからないから。


 ――あとは私がここを守ればいい。


 分裂する能力はセラピーに譲った。そのため、主人が来るまでは私一人の戦いだ。

 私は非力で弱い。強いニンゲンが来たら、今の私の力ではたぶん守り切れない。

 それに、つがいを守るためとはいえ、ここに来るニンゲンを殺すのはダメだ。

 主人は私にそこまで求めていない。けれど、それでは私の身が危うい。


 それでも、主人のためにつがいを守ると決めたんだ。

 仲間もいる。大丈夫。主人もきっと間に合う。

 私は私にできることをすればいい。




 セラピーから連絡が入る。相手がこちらの動きに気付いたようだ。

 地面から振動が伝わってくる。ここにもうすぐニンゲンがやって来る。

 殺してはいけない。ただ近づけさせなければいい。

 私は近づくニンゲンのための戦略を練る。


 ニンゲンが来た。力が強いだけの奴はいい。どうとでもなる。

 だけど、地下に入ってきたニンゲンの中に、強い魔力を持つのがいる。

 あれには勝てそうにない。装備を見ても、魔法対策がされているみたいだ。

 私は少し戦略を練り直す。

 戦略を練り直し、陰に潜む間にニンゲンはつがいを閉じ込めている牢に近づく。


「相手が気づいたから移動みたいだけどよお、ちょっとくらい遊んでもよくねえ?」


「こんないい女を目の前にぶら下げられて、いい子ちゃんにしろとか無理だよな?」


「……」


 相手は三人。二人は何とでもなる。あいつさえ抑え込めばいい。

 私は魔力を練り、魔法を放とうとしたけれど、あいつはこちらを見た。


 ――気づかれた!?


 魔力を感知されたみたい。あいつはダメだ。倒せない。

 すぐに放つ魔法の目標を変え、二人のニンゲンに向けて放った。

 主人がくれた雷の魔法で一人は倒せた。

 けど、もう一人にはあいつが瞬時に障壁を張って防がれたみたい。

 かなりの手練れだ。それに、二人を気絶させられなかったのは痛い。


「な、なんだ!?」


「……何かが紛れ込んでいる。気をつけろ」


「ちっ、ドルカスがやられた。おい、どこに潜んでやがる!」


「……あそこだ」


 どうやら居場所もバレているみたい。逃げるわけにもいかない。

 姿を現して、油断させてみるか。


「スライム? おい、気のせいじゃねえのか?」


「……油断するな。普通のスライムじゃない。テイムされて進化した個体のようだ」


「相手にテイマーがいるとは聞いてたが、こいつが従魔か。斥候用の使い捨てか?」


「……油断するなと言っている。スライムではありえないほどの魔力を持っている」


「だから、ドルカスがやられたのか。なら、油断はしねえ」


 やっぱりあいつを倒せなかったのはまずかったみたい。

 あいつがいるせいで、あのニンゲンが隙を見せなくなった。

 一対二、数ですでに不利。

 一人は格上で魔法の障壁でこちらの魔法攻撃は防がれる。

 もう一人の大男は戦い慣れているみたい。室内戦闘用にナイフを取り出している。




 戦略を再び練り直す。

 魔法はダメ。かと言って、物理攻撃は出来ない。そんな力はスライムにない。

 物理的な魔法なら通るかな? よし、これなら時間を稼げるかも。

 導き出した戦略のために素早く後ろに飛び跳ねる。

 壁に張り付き、魔法を放つ。そして、すぐに飛び跳ねてその場を離脱。


「……!?」


「熱っちぃ! なんだ!? 消化液か!?」


「……頭の回るスライムのようだな。ただのお湯だ。かなり高温のようだがな」


「お湯だあ? 障壁でどうにかならないのかよ!?」


「……無理だな。俺が使う障壁では魔法や魔力を伴う有害なものを防ぐ。……だが、無害、かつ物理的なものは防げない。だからこそのお湯だ。……よく考えているな。テイマーの指示が優秀なのか、それともスライム自身が優秀なのか。……出来ることなら無傷で捕まえて調べつくしたい」


「けっ、呑気なもんだぜ。女を運ばねえといけねえんだ。スライムなんざ、さっさと潰して終わりだ」


「……そうだな。今回は諦めるとしよう」


 壁を飛び跳ね続けているが、あいつの目はこちらの動きを的確に追ってくる。

 魔力を練り続けているせいだ。

 水魔法でお湯を出す瞬間は、どうしても狙いを定めるために動きを止める。

 確実にあいつはそのときを狙っている。大男を囮にして、魔法を使うと思う。


 なら、魔力を練るのをやめる。これであいつは動きを追えないはず。

 室内は暗い。物陰もある。ここは一度隠れて、対応を考えなきゃ……


「……逃げようとしても無駄だ。もう俺からは逃げられない」


「旦那には怒られるかもしれないが、女が売れれば問題ないだろう。おらあ!」


 あいつの魔力が部屋全体を覆ったかと思ったら、私の身体に印をつけたみたい。

 それと同時に、大男が物陰になるはずの物を壊していく。


 これじゃあ、逃げることも隠れることもできない。

 せめて、もう少し時間を稼がないとっ――!?


 大男が壊した破片がつがいに向かって飛んでいく。

 私は飛び跳ねて、つがいを破片から守る。

 その瞬間、あいつはイヤな笑みを浮かべた。こちらの目的を理解されたようだ。


「……ほお? 主人から女を傷つけるなと命令されているのか? なるほど、これで楽になるな。……おい、スライム。お前に考える頭があるなら聞け。……女を傷つけられたくなければ、ジッとしていろ」


 どうする? 私につけられた魔力の印は、すでにつがいに移っている。

 言うことを聞かなければ、つがいは傷つけられる。それはダメだ。

 あいつの言いなりになっても、つがいは連れ去られる。それもダメだ。


 たとえ、どちらを選んでもしか見えない。

 魔力が練られていくのがわかる。

 このままだと、つがいも守れずに、私という存在はここで死ぬ。


 ――なら、たとえ死んでも、つがいは守る。


 私は身体を大きく膨らませて、地下室を塞ぐ。

 この行動にはあいつも驚いたのか、集中が途切れて練っていた魔力が霧散する。

 つがいについていた魔力の印も外れている。これは運が回ってきたかもしれない。

 けれど、すぐに私に向かってあいつは魔法を使うだろう。

 大男のナイフ程度なら表面を傷つけられるだけ、問題はあいつの魔法だ。




 魔法が使われる。最悪なことに私の身体を貫通してくる土魔法の使い手のようだ。

 土の槍が私の身体を貫く。けれど、つがいまでは魔法が届かないみたい。

 これで完全に標的は私だけになった。

 目の前の障害を排除するために、あいつはスライムである私の核を狙うしかない。


 私は核を移動させて、土の槍を回避し続ける。

 何度か槍が核を掠めるが、まだ大丈夫。このくらいの傷なら自分で癒せる。

 でも、今は回避に専念しないといけない。癒すのは後回し。

 あいつの魔力が切れるか、主人が駆けつけてくれるまで私が回避し続けられるか。

 ここからは根競べだ。


 大男のナイフが私の身体の表面を傷つけてくるが無意味。

 それを見たあいつが大男に何か指示を出した。大男がどこかに行く。

 戻ってきた大男が抱えてきたものは、魔力を回復するポーションのようだ。


 最悪だ。これで根競べも私の不利になった。

 私は最後になるかもしれないと、主人に思いをはせる。


 ――叶うことなら最後にもう一度、ご主人様に名前を呼ばれたかったな。


 私は永遠とも思える絶望的な時間を過ごし続けた。

 土の槍が核を掠めるたびに、生命力が削られていく。

 大男が一喜一憂の声をあげるが、そんなことに気を取られている場合じゃない。


 避け続けないと。もう一度、名前を呼ばれるために。

 頑張ったねって、褒められたい。ありがとうって、感謝されたい。


 私が余計なことを考えたせいか、それとも核の傷が致命的になり始めたのか。

 動きが鈍り、あいつの魔法が私を貫いた。

 大男が歓声を上げる。あいつがようやくかといった疲れた顔をしている。


 ご主人様の叫ぶ声が聞こえた気がした。




 ――ご主人様? 私、頑張ったよ。でも、もう一緒には居られないみたい。

 ――今までありがとう。ご主人様のそばに居られて幸せだったよ。

 ――もっと、そばに居たかったな。ずっと近くに居たかったな。




 私は別れを告げるように、眠るように意識を落としていく。

 生命力がどんどん流れ落ちていく中、優しい声が聞こえた。


 ――眠るのはまだ早いよ、スライムさん。僕らの姫を守ってくれてありがとう。


 温かい何かに包まれていく。身体が熱い。まるで生まれ変わるみたいだ。


 ――私があなたと一緒になるわ。よろしくね、スライムさん!


 核が修復されていくのがわかる。修復されていくけど、核が別の形になっていく。

 これは一体どういうことだろう?


 ――あなたはを核として生まれ変わるの。そのまま身を委ねて。


 それは、もう一度、ご主人様のそばに居られるということなのだろうか?


 ――そばに居られるどころか、おしゃべりもできるわよ!


 それは本当だろうか? ご主人様と言葉を交わせるだなんて。とても楽しみだ。


 ――だから、もうちょっとだけ生命力を維持して。じゃないと、死んじゃうわ。


 私はその言葉に落ちかけていた意識を浮上させる。

 意識を浮上させたら、ご主人様に身体を抱かれていた。嬉しい。

 でも、私のためにご主人様が泣いている。ごめんなさい。

 早く起きて私は無事だって伝えて、ご主人様の涙を拭いてあげなきゃ。

 私は魔法で自身に癒しをかける。これでマシになるだろう。


 ――ありがとう! これで作業が早くなるわ! もう少しだけ待っててね!


 うん、どういたしまして。それと、こちらこそありがとう、

 私は作業が早く終わるように癒しをかけ続ける。

 ご主人様とおしゃべりするために、ご主人様の涙を拭くために。

 私にもう一度、生命いのちを。機会ちからをくださいと、私は初めて神様というものに祈った。

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